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富田和明的個人通信

月刊・打組

リクエスト公開 No.2


誰がために太鼓は叩かれるのか?

1997年4月7日

 

 

 マルセ太郎さんから「今度の新作芝居『花咲く家の物語』の太鼓指導をして欲しい」と分厚く丁寧なお手紙を頂戴したのは、昨年の初夏の頃でした。

 当時は、僕が交通事故を起こして(人身事故ではありませんでしたが、義弟からまだ貰ってまもない初代ハイエースを廃車にしてしまった)非常に落ち込んでいた時だったので、その言葉に一縷(いちる)の光を感じたものでした。


 それが実際に永井寛孝(ながい かんこう)さんという役者の方に指導を始めたのは、今年に入ってからです。1月から3月にかけて、1回3時間ほどスタジオを借りて、4回太鼓の基本を指導しただけですが、寛孝さんは元々勘が良い方なのでしょう、どんどんうまくなっていきました。


 寛孝さん演じる「勝(まさる)くん」は知的ハンディを持つ青年(実在モデルは登・のぼるくん)ですが、太鼓が大好きで誰に教わったというのでなく自然に叩くようになったそうです。

 僕は彼がどんな太鼓を叩いたかは知りません。

 だからそれを指導するなど本当はできません。

 寛孝さんは今回生まれて初めて太鼓を触ったそうです。だから僕は僕の太鼓を叩く時のイメージや、叩かれる太鼓の気持ちを少し話しました。

 

 それから1ヶ月が過ぎ、寛孝さんから「通し稽古ができるようになりましたから」と連絡を頂き、狛江市にあるマルセさんのホームグランドとも言える「Beフリー」という小劇場に行ってみました。


 『花咲く家の物語』は金沢市にあった「若人の家」を舞台に、そこに集まった人々を描いた実話ですが、マルセさんの彼らを思う想いが再構築されて創り出された世界であるとも言えます。もちろん太鼓のコンサートではありません。


 太鼓は最後の最後にホンの少しだけ叩かれます。

 でもこれは「太鼓はこんなふうにも叩かれる」という僕たち太鼓打ちへの、マルセ太郎さんからの熱い信号だとも受け取れるのでした。

 

 

●初演チラシ

▲(後記)僕はこれまでのマルセ芝居を全部観ているが、この芝居はこれまでのベスト1作品だと思う。

この作品はその後も再演され全国ツアーも行われているが、僕の中では初演メンバーによる『花咲く家の物語』が好きだし、とりわけこの文中にもある通し稽古が感動的だった。

稽古を見学していたのは確か二人だけだったのに、僕は皆の前で笑って泣いて笑って、涙が止まらなかった。

思いも寄らぬ、期待以上の舞台が目の前にあった。

太鼓を叩くシーンはほんの少しなのに、素晴らしく効果的で、すべてはこの最後の太鼓の音を聞くために、この響きを胸に届けるために二時間の芝居があった、と言ってもいいくらいなのだ。

つまりこんな上質の太鼓コンサートもありなのだと、僕の胸に刻まれた芝居だったのだ。コンサートでなく芝居だけれど、太鼓の訴える力をまざまざと感じさせてくれる。

誰のために太鼓は叩かれるのか?マルセさんが僕に出した宿題なのだ。

 

この時に作った曲を、このままにしておくのはもったいなくて、僕の太鼓ワークショップでは最初に必ず叩くことにしている。

タイトルも『MASARU』と名づけ、その後太鼓は続編も作り、どんどん広がりを持ち始めている。この曲は僕のライフワークになると思う。

 

 

 

 

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