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富田和明的個人通信

月刊・打組

1998年 4月号 No.35

このページはほぼ毎月更新されます。年10回の発行

(2000.4.18 発行)


タイコを 楽しく たたくには

 兎小舎 なにみてたたく 第11夜 公演/ゲスト・永井寛孝(役者)  

1998年4月20日 

 

 幕開きは永井さん作のミュージカルナンバーから一曲「納豆を おいしく 食べるには」で始まり、その後、替歌「タイコを 楽しく たたくには」を唄い、コントらしきことをやり、芝居の真似事もやらせてもらった(宮澤賢治の『虔十公園林』)。
 前々から一度やってみたかったことばかりで、今回の兎小舎公演は大満足でしたが、これもあれも役者・永井寛孝さんあってのことでした。

 お笑いは好きでも自分ではホントにできないもんですわ。

 つたなく幼稚で物忘れの激しい僕の動きや言葉の隙間を強引に埋め、笑いに持っていく永井さんの芸の底力を隣でまざまざと見させて堪能させていただきました。太鼓も同じだけど一つ舞台の上で一緒に演らせてもらうのが一番の勉強になります。

 永井さんとの出会いは、去年のマルセ太郎作演出芝居「花咲く家の物語」の為に、僕が永井さんに太鼓指導をしたことからだが、マルセ芝居のすべてに出演している役者永井寛孝の姿は当然以前から眼にしていた。

 眼にしていたけれどもそれはマルセ芝居の役者としての姿であって、普段の姿とはもちろん違う。

 初めて二人で会ったのは去年の一月。
 それから太鼓の稽古を始めたが、永井さんは太鼓を叩いている時間を除けば、ほとんど一人で喋りっぱなしだ。僕が一言発すると、十言は楽に返ってくる。ただのお喋り人間なら珍しくないが、永井さんは違う。
 自分でボケて自分でツッコミ、お客さん(第三者/実際には二人以外誰もいないのに)の反応をやり、その評論までやってしまう。放っておくと横でラジオのようにしゃべり続ける。
 そして、この内容が面白いのだ。ある時、「疲れませんか?」と聞いてみたが、家でも奥さんから「お願いだから静かにしていて」と言われることがあるらしい。
 ただ、一人でいる時はしゃべってないそうだ。根っからサービス精神旺盛なのか、訓練なのか、体にそういう感性が染み込んでいるようだ。

 その永井さんの本領がいかんなく発揮されるのが、作・演出・出演している、「おっ、ぺれった」公演で、僕は第10回公演「歌う家族〜目指せ!一家団欒〜」を見た。
 どこにでもいるような家族が、大した事件も起こらない日常生活の中で、それにしては実生活では絶対にありえない、唄い踊る姿に、ぐんぐん引き込まれてしまう。深い感動というより、胸に残る心地よい風、という印象だった。こんな太鼓が叩けたらなと、この時思った。
 太鼓打ちは格好をつけるのではなく、普通の感覚で登場して、ふっと笑わせた隙に、お客さんの心に音を届ける。
 こんな曲(?)を普通のコンサート会場で実験するのは、無理があるように思う。僕は兎小舎で試してみたかった。
 
 二つ年上の永井さんとは時代体験も共通していて、話を聞いていると僕も懐かしく思い出すことが多い。
 永井さんは高校時代からスターに憧れ、欽チャンのTV『スター誕生』に出演すべく予選会出場に準備していたという。
 その出場曲「ユエの流れ(東南アジア民謡)」を今回聞かせてもらった。僕も高校時代、ラジオの深夜放送で歌を唄ったことがあった。
 永井さんは大学卒業後、演技の基本をきちんと学んで役者の道を志そうと上京する。高校卒業してすぐ上京した僕の方が実は役者を志した時期は早いかもしれないが、志が浅かったのか、せっかちな性格の僕は二年半でそれはあきらめ、太鼓の世界に入門する。
 僕が尊敬する舞台演出家・関矢幸雄先生は「自分のまわりの人々をまず楽しく幸せな気分にさせるのが役者の基本だ」とおっしゃっていたがしかし、功成り名を遂げた役者(俳優)の方でも正反対の方の方が少なくないのが現実だ。
「役者は舞台の上(カメラの前)で素晴らしければ、後は何をしてもいい」と、これも演出家・藤田伝さんの言葉で、この言葉も理解できた。なまじ人格者が名優とは限らない。じゃ何をしたらよいのか?
 僕は当時不安になって、それよりも確実に稽古をした分、自分の実になる(と思えた)太鼓の道に進んだ。
 永井さんは役者をずっと続けてきた。そこが違う。

 それから20年が過ぎて僕は永井さんと出会った。
 永井さんは関矢先生のいう役者の基本を正しくおさえていると思う。今回の兎小舎公演のために打ち合わせ1回、稽古2日をしたが、永井さんは稽古も本番も同じテンションでしゃべりまくった。本番以外ではどちらかというと暗く、無口な性格の僕には、時に静寂が恋しくなることがあったが、永井さんは一緒にいて楽しく、元気が湧いてくる人である。
 その太鼓を打つ姿も、ずっと目を閉じている(太鼓打ちは目を大きく開くのが普通)のに楽しくたたいているように見える。不思議だ。

 



●『タイコを楽しくたたくには』
  (「納豆をおいしく食べるには」の替歌)

他の太鼓打ちならいざ知らず
わたくしは こうありたい

タイコを 楽しく たたくには ドンドン
タイコを 楽しく たたくには テンテン

一に かまえ 二に 目線
タイコに キリリと 向かいます
まっすぐ まっすぐ 見つめたら
タイコのバチで ごあいさつ

この時 タイコは 目覚めます フンフン
「オイラ いよいよ デビューするんだな」ソー

思えば これまで 長かった
愛と 涙の 日々だった
タイコさんは 最初から
タイコだった わけじゃない

ふるさと森を 後にして ヘイヘイ
ケヤキは 修行の 旅に出る

しっかり 乾いた その幹を
ざっくり ざくざく 切り離し
ぐりぐり ぐりっと くり抜いて
すやすや すやっと 寝かせます

目覚めた時には 皮を張り
はらほら オイラは タイコさん

やさしく 強く 引っ張って
皮を やぶらず 引っ張って
いい音 じわっと つくります
じわじわ じわっと つくります

タイコを 楽しく たたくには ドンドン
タイコを 楽しく たたくには テンテン

さあー それでは タイコさんの
素敵な お友達を ご紹介 いたしましょう
丈夫な からだの「牛皮」さーん
我が身を ぶつけて 音を出す「バチ」さーん
そして あまったれた 自分に
ドンと カツを入れる「太鼓打ち」さーん

ありがとう!ありがとう!
「タイコは タイコは
みなさま あってのタイコでございます」

そして お好みの リズム たたいて
楽しく 楽しく 踊ろうよ
悲しみ にくしみ イヤなこと 辛いこと
そんなもん みんな 忘れて
たたき まくれー

タイコを 楽しく たたくには ドンドン
タイコを 楽しく たたくには ドン
              (替詞/富田)

※本歌『納豆をおいしく食べるには』
作詞/永井寛孝 作・編曲/竹田えり (株)ポニーキャニオン より発売中 二曲入り「オーレ!チャンプ/納豆をおいしく食べるには」PCDG-00056(シングルCD)

公演一場面より

 

富田)よし、さっそくタイコの稽古だ!
永井)はい、よろしくお願いします
富)いくぞ!
永)いってらっしゃい
富)いってらっしゃいじゃないでしょ。今から稽古するんだから
永)わかりました
富)それじゃ、ジャンケンぽい(永井もつられてお互いにグーを出す)。よーし、これでいいんだ
永)何がこれでいいんですか先生、これは「あいこ」でしょう。今やろうとしてるのは「タイコ」ですよ
富)ん? うめ〜はさいたか〜桜は〜まだかいな、おこしやす、ま、お一つどうぞ(と踊った後、永井にお酌をする)
永)これは「まいこ」でしょ
富)う〜ん、やっぱりおにぎりの具はこれが一番だよ。ぴりっと味がきいててごはんがうまいね〜
永)先生それはタイコはタイコでも明太子ですよ。やる気があるんですか?
富)えっ違うの?悪かった悪かった。これだ!(と小さな本を手にする)永井さん、「こんにちわ」は「サワッディー」ね。ちょっと発音むつかしいけれど、それで「ありがとう」は知ってる?
永)なんですか
富)「ありがとう」は「コープクン」。ね、今日は勉強になるでしょ
永)ちっとも勉強になりませんよ。もうここまできたらお客さんにもばればれなんだから、皆様ごいっしょに、それは、「タ、イ、語」。もうどうやったらわかってくれるのかな、太鼓ですよ太鼓、ワ、ダ、イ、コ!
富)なに、ワダイコ?そのかねを〜ならすのは〜あ〜な〜た〜
         

(4/20『兎小舎』、会はまだ始まったばかりだ)


 

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インターネット版 『月刊・打組』1998年 4号 No35

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