インターネット版●

富田和明的個人通信

月刊・打組

2005年 7月号 No.103(7月27日 発行)


木の実が落ちる時、音が生まれる

佐藤健作ライブにゲスト出演

6月25日

 さて終わりました、佐藤健作のチャリティーライブ

 今回はゲスト出演ですので、僕は気分は楽に参加していましたが、体力的にはかなり大変。肥りすぎですから。でもそれだけではありません。

 

 佐藤とのライブ。一般公演は実に六年振りか?それに場所が勝手知ったる門仲天井ホールですから、まラクに楽しいものをやりましょ。となったのですが、

 

 楽しいものと、ラクに、というのはなかなか手をつないでくれない事が私の場合多いのです。

 太鼓を持ったり、抱えたりして動いて叩く太鼓が好きなんです。

 

 演目になった一つ、今回は『阿乃鼓(あのこ)』という名前を付けましたが、この阿波踊りのリズムから曲構成したものは、初演が齊藤栄一との和太鼓トーク齊富が初演でした。その後、熊谷修宏とは徳島のイベントでやり、そして今回の佐藤版となりました。

 阿波踊りの大太鼓は抱えて歩くだけで踊りません。

 

 

 歩くだけでも大変なんですが、そこを踊りたいというのが僕の発想です。

 

 気持ちはあっても、ラクではありませんね。一回稽古するだけで、その後は休憩しなくてはいけません。汗が噴き出ます。

 

 

 

 

 そして、もう一つの演目が佐藤の希望で『三宅』スタイルで別の曲を叩きたい、ということです。

 それで最初は太鼓を二台並べて三宅を二人で叩く絵があったのですが、舞台が狭くてそれは止め、佐藤の『七丈(ななじょう)』という曲を三宅風にアレンジしました。『二宅(にやけ)』という名前が付いてます(命名・佐藤)。

 

 

 

 僕はあまり気に留めていなかったのですが、佐藤は後で聞くとかなり気合いが入っていたようで(実はこのスタイルを人前で叩いたのが初めてだったそうです)、密かに練習してその後、これまた体がガクガクになっていたそうであります。

 

 

 そしてそして、今回が舞台初演になった『足駄(あしだ)に向かって打て』(命名・佐藤)。

 最初のイメージは桶太鼓を胸前に抱えて、唄を歌って踊り、ジャグリングを入れたりしようかと言って稽古が始まりましたが、どうもまだ何かが足りない。そこで一本歯下駄を履いてみたのです。

 

 一本歯下駄は、天狗下駄とも言われますがこれを履いて太鼓を叩くというアイデアは、佐藤が前から自分のソロ演奏で考えていたものです。

 それで去年、一回だけ僕と「和太鼓 里味」公演で叩いたのですが、まだそれは単に履いていた、というだけでした。

 

 

 

 

 

 話をグッと戻します。

 この前の月曜日から始まった長野合宿の二日目。

 

 曲作りで考え込んでいた時に、佐藤が「こんなのどうですか?」と叩いた一つのフレーズがありました。

 

 広い体育館なんです佐藤の稽古場は。空間があるところで曲が生まれますね。

 

 始めは僕が二尺、佐藤が二尺五寸の桶太鼓を抱え、それだけでも重くて大変なのに、天狗下駄を履いて二人がウロウロしていたのです。

 

 体育館は絶好の場所です。

 そこで佐藤がふと叩いた一つのフレーズから、「これはいけるんではないの?!」となり曲作りはスタートしました。

 

 

「こんなことはできるかな〜」

「これは、どうですか?」

と、そして全体の流れが少し見えてきたところで、二人がヘトヘトになり休憩しようとなりました。

 

 

 夢中でやっていたので、どのくらい時間が過ぎたのか判りません。

 

 佐藤の稽古場には、あえて時計が置いてありません。

 

 

 日が暮れて星が見えてきたら、そろそろ太鼓を叩くのは控えようか〜、という日時計があるだけです。

 

 

 そこで太鼓を下ろし、下駄を脱ぎ、小休止しました。

 

 

 

 やれやれ〜     毛布を床に敷いて、寝っ転がる二人。

 

 

 

 雨も降らない梅雨とは名ばかりの信州空の下。

 目を閉じて、意識が遠のきそうになった時、

 

 

 ガラン! と音がします。

 

 

 

「‥‥‥今の何の音?」

 

 

 

「最初は僕も何の音なのか判らなかったんですけどね〜、どうも木の実らしいんですよ‥‥ 」

 

 

「木の実‥‥‥?」

 

 

それにしてはかなり大きな音です。

 

 

 

 

 

 

 何度目かの、木の実が落ちる音を聞いて、

「さ、そろそろケンサク〜、やろ〜か〜?」と僕が声を掛けました。

 

「ファ〜イ‥‥        でも、もう少し休みましょうか、いいですか〜?」とケンサク。

「そうか、いいよいいよ〜」

 

 

 それでまた何度か、木の実が落ちる音を聞いて

「ケンサク、どうだ〜  そろそろやるかい???」と僕が声を掛けますと

 

 

 

 ケンサクに返事がありませんでした‥‥‥‥‥。

 

 

「ケンサクどうした〜?」

 

 

 

 

「いや、ダメです。ちょっと動けません」

「・・・・?」

 

 

 

「どうも脳しんとうを起こしたみたいな感じで‥‥‥」

 

「大丈夫か〜?」

 

 

 

 

「こんなこと、研修所以来です」

 

 

「研修所って‥‥‥鼓童の研修所時代か〜?」

 佐藤健作にも鼓童の研修所時代が六ヶ月あったそうですが、いったいそれは何年前のことだ?

 

 僕はもうその時は、鼓童にはいなかったから‥‥‥10数年前の話だろうし、それ以来、こんな事になった事はないらしい。それほど大変な事が、佐藤の体に起こったのか‥‥‥。

 

 佐藤は、一般的には鋼鉄の体のイメージがある。僕も最初は冗談を言っているのだと思っていた。

 ま、でもここはもう少し休むことにして様子を見ていたら、それでもまったく動けない様子で、僕にも「佐藤が本当にダメだといっている」という事が判ってきた。

 

 

 倒れたままだけど、でも声を掛けると返事はあった。

 

 

 僕一人、じっとしていてもしょうがないので離れた場所で少し練習をした。

 

 

 

 しばらくして、佐藤が顔をまだ少し青ざめたまま、体を起こした。

 

 このままで今日はまだ終わるわけにはいかないのだ。

 

 

 

 下駄は履かずに太鼓も持たず、曲の構成の確認だけをやる。

 でもこれで、この日はもう帰ることにする。

 

 

 

 まだ完全な夜空にはなっていない。少し青みが残る空だ。

 

 日が長いなと思っていたら、この日が夏至だったと後で知る。

 

 

 

 翌日、まだ完全回復ではないもののケンサクも動けるようになり、最後の稽古日を迎えた。

 

 あまり長くやってもしょうがない。

 集中してできるだけ短く終わらせようと、動きの確認を何度もやり、実際に太鼓を抱える時間は極力短くした。

 

 できれば午前中にめどを付けたいと思い演っていたが、軽く全体通し(舞台演目の最初から最後までを通す)を終えたのは、昼をだいぶ過ぎていた。

 車に自分の太鼓の積み込みをして、上の蕎麦屋で遅い昼飯を食べ、僕は横浜まで走らせた。

 

 

 

 

 佐藤の稽古場での時間は、僕に懐かしい感覚を呼び起こしていた。

 ヒンヤリとした広い空間、床の感触、風の音、草息、虫たちが闊歩する姿‥‥‥何よりも時計がない、時の流れ方が新鮮であり、懐かしかった。

 

 

 

 この稽古合宿から帰って三日目に、門仲天井ホールで公演があった。

 今、公演を終えてみて一番印象に残っている演目が、一本歯下駄太鼓だ。初演でもあるので、当然かもしれないが。

 

 これは足を踏まなければ音がしない。

 

 足を上げて、床を踏み鳴らす。

 

 この地を叩く行為が、気持ちいい。

 

 忘れていた。

 

 足を踏むことを。踏ん張ることを。

 

 

 

 今の生活の中からは消えてしまったけれど、人間には本来この行為が生活の中で必要で、その動きを体は求めるように出来ているのではないだろうか?

「気持ちいい、気持ちいい」と体が言っている。

 

 

 それに太鼓を抱えてこの下駄を履き、太鼓と床を鳴らせば一瞬にして汗まみれにもなる。

 

 太鼓と下駄の、この稽古はまだまだ始まったばかりだ。

 このスタイルは面白い。

 

 太鼓を床に置くだけで、横からバチを振り叩くスタイル(三宅)を初めて見た時、コロンブスの卵的衝撃だった。

 でも、太鼓を抱えて一本歯下駄で床を踏むスタイルも、近年の中ではかなりの衝撃かもしれない。

 

 このスタイルだって、誰でもすぐに真似はできる。

 

 ただ、体力、バランス力が必要だし、そしてヒザへの負担もかなりなものなので、故障がなく続けられればと、条件が付く。

 この踏ん張りを次回、皆様の前でお見せできるのはいつのことか判らないが、ぼちぼち続けていたいと思う。

 

 

 

 

 ガラン!

 佐藤の稽古場で、疲れて二人して床で横になっていた時、僕は初めてこの音を耳にした。

 不意に聞こえた木の実が落ちる音は、何かの贈り物だったような気がしている。

 

  

 

 

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Photo/Nishimura Yukino


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