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暑い暑い夏が好きだ。
徳島の阿波踊りには酷暑がよく似合う。頭の中が真っ白になって、体の中が空っぽになってしまうくらいの汗をかいて、生きていることを味わう人熱(ひといき)れの夏がここにある。
この日も日中は灼熱の暑さだった。
8月13日金曜日、徳島阿波踊りの二日目。この日を『同行二人連(どうぎょうににんれん)』のデビューと決めていた。
今年で徳島の阿波踊り狂いも三年目になる。そろそろ僕も参加したくなって、横浜から太鼓を持って来た。
たった一人だけれど、連のつもり。 浴衣を着て、連の名前を染めているわけではないが、名前を付けた。
同行二人連は、弘法大師さまと同行二人の二人連れではなく、あなたと私の二人連れ。
とまあ、名前を先に決めて形に入るのが好きな私です。
夕暮れ前、淡路島の実家から車を飛ばし鳴門海峡を渡って約一時間、いつものように徳島市文化センター横の駐車場に車を止める。そこでお着替え。
まずは服を全部脱いでフンドシを締め、下に赤ステテコ風パンツ(晴美手工房製)をはき、上は原宿で買った菖蒲(あやめ)模様入りの浴衣地半袖シャツ。
頭には前日に文化センター売店で購入した、徳島特製阿波踊り手ぬぐいを巻き、足にはゴム付き白足袋。
これで車外に出て、阿波踊り大太鼓(二尺の平太鼓)を胸に抱きかかえるようにベルトで固定すると準備完了!
この出で立ちで歩いていても、周りがみんな色とりどりの衣裳を着た人たちばかりなのでちっとも目立たない。が初めて、という体験は本人にとっては小さな勇気が必要で、本人は歩くだけでもとても恥ずかしい。
勿論まだすぐには太鼓も叩けない。
駐車場から線路を跨ぐ大橋を渡って下りると、左に市役所前演舞場が見える。この入口で出陣式を行う。
「気合いだ〜」の一言で写真を撮ってもらって終わり。
そこから一人とぼとぼ歩いて西に向かった。まだお天道様も完全にその明るさを隠していなくて、日が暮れるのを待ちたい気分(どこまでも気が小さい僕)。
ロンドンで初めて三味線を抱えて道端に座った時も、場所を決めて腰を下ろすまでは鼓動が鳴り響いていた。なんだかその時の気持ちに似ている。
周りから見たら何でもないのに、本人にとっては一大決心だ。
そこで、最初に元町演舞場と新町橋の間でいつも陽気に楽器演奏をしているグループにお邪魔した(一応、リーダー格の人に「叩いてもいいか」聞くと「どうぞどうぞ」と言われて)。
最初はおとなしくみんなに合わせてじっと立ったまま動かず叩いていたが、叩きながら踊りたい党の僕は、いつしか踊りの輪の真ん中に入りグルグル回転してました。
汗が一気に吹き溢れ、せっかくの菖蒲もピチャピチャ音をたてていた。しかしこうやって一汗かいた後には、夜の帳もしっかり下りており、もう恐いモノがなくなった。
近くで流している連(大学連が多かった)に次々と乱入しては暴れ、疲れたら移動、を繰り返していると、西側の新町橋中央にポツンと踊りの人の姿が見えた。そこに僕は吸い寄せられるように近づいてゆく。
僕の同行二人連に対抗するかのように(全然向こうは対抗していませんが)、おっちゃんが一人で踊っていた。
気がつけば橋の欄干横に三味線と太鼓と鉦が一人づつという鳴り物方が立っていて、踊り手ももう一人いた。
僕が太鼓を抱えて入っていくと、その人も加わり三人で踊る。
しみじみ踊ったり、派手に踊ったり、おっちゃんたちの踊りが巧かった。たった二人だけれど、有名連に引けをとらない芯がある。
叩き踊り疲れて、一旦休む。
この連は五人だったけれど「なにわ連(徳島県人会)」と染めの衣裳を着ていた。
鉦を叩いていたおっちゃんが、踊り手のおっちゃんたちを指さして僕にいった。
「この人らはね、もう死ぬまでここで踊ると言うてます」
毎年お盆になるとここに来て踊ってるんだ。死ぬまで通うつもりなんだ。年齢不詳の皆さんの笑顔が清々しい。
この後もまたひとしきり踊り叩き、僕は礼を言って立ち去ろうとしたら、この踊り手のおっちゃん二人が橋の上で土下座をして、
「おにいちゃん、ほんまにありがとう、楽しかったわ。また来てや」
と何度も頭を下げる。
お礼はこっちが言わなくてはいけないのに、これには面食らった。そして胸が熱くなった。
人それぞれの百態万態の阿波踊りがある。有名連を追いかけて、また演舞場に座って見るだけが阿波踊りではない。
この祭りの懐の深さを、僕は改めて感じさせられた。
見物人として参加しても、アスティとくしま(多目的ホール)での大舞台演出公演(前夜祭)があり、昼間の時間に洗練された踊りと囃子を楽しむことができる徳島市文化センターと徳島県郷土文化会館があり(期間中毎日)、夜になると各有料演舞場に無料演舞場、そして道端で、街中で、橋の上で、船上からも見ることができる。
気分が盛り上がって踊りたくなれば「にわか連」などの講習会に参加するもよし、勝手に踊るもよし。
踊り手、囃し手にしても、いったい幾つの数の連があるのか判らないが、有名大型連からこのなにわ連のような小型連まで様々だ。自分に合った好きな連に参加すればよし、自分で連を作ってもよし、どこで踊ろうが誰に許可を得る必要もない(演舞場は別として)。
資料を見たいと思えば阿波踊り会館があり、ここでは一年中阿波踊りを演じてもいる。
これだけ積極的に観光客を受け入れ、自分たちが楽しみ、自由参加型の祭りを執り仕切っている場所が他にあるのだろうか?
それから重要なポイントが、本当に人間だけの人間中心の祭りだという事だ。
太鼓も大きいものがあるわけじゃなく、豪華絢爛な山車も御輿も登場しない。自分の身につけられる楽器だけで演奏し踊る、それだけのことが素晴らしい。
詣る神社もない。神も仏もないのである。そんな格式が存在しないのも爽快だ。
そしてこの楽器が笛・三味線・胡弓・竹・鼓(つづみ)・太鼓など和楽器で、生音(ほんの一部、スピーカーを使う連もあるが主流ではない)。和楽器が生で勝負している心地よさ。笛と三味線の数の多さが素晴らしい。太鼓だけのチームも増えてはいるが、やはり笛三味線のこの頑張りに拍手を贈りたい。
もちろん踊り手だって、女踊りは美しく妖艶で愛おしく、男踊りは激しく力強く荒々しく心躍る。また多彩な個性的な踊りがある。
衣裳も浴衣に編み笠に下駄、または鉢巻きに雪駄。この祭りの和装もいい。
ここでは誰もが主役になれる。
一人一人のドラマがある。それだから止められない。
それにこの夏の暑さも気持ちのテンションを高める一因だろう。完全に阿呆になっている快感。
この日、太鼓を抱えたまま二時間踊り叩き、僕ももうフラフラになった。疲れた足で何とか駐車場まで戻り、この後は見る阿呆に還った。
徳島阿波踊りの最終日・8月15日、午後10時半頃。やっぱり最後はここ南内町演舞場(みなみうちまち
えんぶじょう)に来た。
どうしても振興協会の総踊りは見逃せない。この日の総踊りは、総勢1,800人。 囃子方は、300人程度だろうか?
この生音の音圧がたまらなく好きだ。だから僕は囃子方にかぶりつき。
この音がうねりを造って、音の波の中を踊り手が、手を挙げ足を跳ね動かしくぐり抜けていく。
これを見納め、聞き納めると、大きな感動と共に、祭り後の寂しさが体を包み込む。
また来年もここにいたいな‥‥。三年で区切りをつけるつもりだったのが、性懲りもなくそう思ってしまう。
これが祭りの魔力だろうか。
南内町演舞場は、市内数ある演舞場の中の一つの演舞場にすぎない。他の演舞場でも、同じように大盛り上がりだったに違いない。
演舞場の桟敷席を後に路上に出ると、ここでの踊り合いが沸点を迎えている。
人人人で道路を埋め尽くし動けないほど、音と踊りと叫声が渦巻いている。
また、そこから離れる人たちの列も続く。祭りは終わった。
路地に入り、それぞれの衣裳のまま、三味線の棹を持ち、笛を横に差し、踊り子は編み笠を外して家路を急ぐ。
暑さのことや、祭りのことや、踊りのことや、たわいもない言葉を口から発する女性たちの弾む声色が柔らかい。
まだ何処かから聞こえている囃子を遠くに、下駄の歯音が心地よく夏の夜に響いている。
また来年も「来いよ来いよ」と鳴っているように、僕の耳には聞こえた。
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