只今、2020年9月8日まで、毎日配信中!
富田和明的日々是無打噺

 

 

2013年9月8日、
2020年に東京でオリンピックが開催されることが決まりました。

僕も何か自分でも始められることがないかと考えまして、翌9月9日から2020年の東京オリンピックとパラリンピックが終了する、2020年9月8日まで(パラリンピックの閉会式は9月6日の予定)、毎日、メールマガジン日記を書く事にしました。

題して、
Tomida Mail Magazine
富田和明的2020年日記『TMM2020』
2013.9.9~2020.9.8

内容については、ほとんどどうでもいい内容になると思います。
日々是無打話。
でも毎日書きますよ。

 

2013年9月9日から毎日一回、メールで配信いたします。
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それでは、お申し込み、お待ちしております。
2020年は、どんな年になっているでしょうか‥‥‥。

 

 

富田和明 公式ホームページ

プロフィール

太鼓アイランド

 

 

 

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見本/2017年1月28日号



TMM2020 No.1238 2017/1/28(土)
一部、或は全文の転載お断りします/Tomida Kazuaki© 
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今日は旧暦元旦なので、中華街に行ってみた。

 

 

 

家から歩いて四時間はかからない、良いお天気でとても歩きやすかった。

せっかく来たのでいつものお気に入り、おかゆの店に行ってみたら、
行列ができていた。

謝甜記 貮号店 (シャテンキ)


 

 

並ぶのが嫌ではなく、じっとしていると汗をかいているので寒くなるのが嫌で並ぶのは止めた。

それで別の店で昼は食べたが、‥‥‥それなりの味だった。

中華街には行列が出来ている店と、呼び込みを盛んにやっている店、
呼び込みはないが行列もない店等、色々ある。

やはり土曜日の春節に行列もない店は、それなりの店ということだ。
大変にわかりやすいが、ついそんな店に入ってしまうのが、
観光客である。

元旦昼の中華街は、行事(獅子舞など)がないので面白味がない。

人だけが多かった。

 

 

二ヶ所ある寺(廟)も人が多くて、入場すら出来なかった。

また人が少なくなった時に来よう。

 

 

 

 

 

 

見本/2017年1月1日号



TMM2020 No.1211 2017/1/1(日)
一部、或は全文の転載お断りします/Tomida Kazuaki© 
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朝2時半起床、3時半出発。

先山千光寺に向かう。


風もなく静かな闇。

ずっとほぼ山の中の道、さらに最後の3kmは完全な山。
車もほとんど通らない。
星明かりだけだと暗いので、スマホの簡易ライトをずっと付けて歩いた。

山道を登っていると、7時前になって少し車も上がって来た。
先山に到着して、先にお参り。

 

先山は淡路島のほぼ中央に位置する標高448m、愛称・淡路富士。
千光寺は、高野山真言宗の別格本山。

父が生前、毎月一日に連続23年間お参りをしていた寺。
http://ameblo.jp/utigumi/entry-11845004837.html

 

 

 

それでもご来光を待つ人々は多くない。

千光寺山頂では角度の関係からご来光は仰げないということが判り、
参道を下りる。

人しか通れない参道の八丁と九丁の間にポイントがあると聞き、
そこまで下りた。

 

そのポイントまで下りる間に陽が出た。

 

 

そこで暫く眺め、山を下りた。

 

家に帰った時には、10時を過ぎていた。

その後、風呂に入って、11時半、朝ご飯?

 

新年の挨拶をして、
弟も一緒に四人で食べた。

こんなことは元旦だけだろうビールを頂く。
昼のビールは旨い。

雑煮などを食べて、そのまま夕食までなんだかんだと食べては飲み。

 

夕食は鍋。

また飲んで、そのままグダグダ。
朝早くから起きている僕は、早々に床に付いた。

 

 

 

 

 

見本/2016年12月11日号



TMM2020 No.1190 2016/12/11(日)
一部、或は全文の転載お断りします/Tomida Kazuaki© 
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今日も良いお天気だ。

朝から目黒の『桶秋刀魚』に行って、帰って来るともう午後。

少し寝てから、事務所の片付け。

 

懐かしい写真、第二弾。

1985年12月24日、和歌山市
『渕田寛一 路上書きなぐりチャリティ』応援。
確か、近鉄百貨店前にて。

31年前だから、28歳。

 

渕田寛一さんは、鬼太鼓座から鼓童になる時、多大な支援を頂いた方で
僕たちも「渕田のお父さん」と呼んでいた。

 

 

 

 

老舗料亭の経営者だが、川柳作家であり、書家、そして自然保護運動、社会福祉施設の支援など、
終生、文化活動で多くの人々を支え続けた人だ。
この路上チャリティも、募金活動の一環。

大の酒好きでもあり、
「朝は(ビール)小瓶一本がちょうどいいの」
と言っていたのが、今でも耳に残る。

 

提灯「鼓童」の文字も、渕田さんの字だ。

 


 

 

 

見本/2015年9月19日号



TMM2020 No.741 2015/9/19(土)
一部、或は全文の転載お断りします/Tomida Kazuaki© 
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昨夜の興奮から一夜明け、やっと空は晴れた。

ずっと雨だったからな〜。

午後、今日はあの国会前がどうなっているのかと気になって、
また行ってみる事にした。

空はまだ明るい午後2時半に自宅は出発したけれど、国会前に到着したのは、
日も暮れた午後7時半。5時間かかった。

いつもこのくらいのペースだが、久しぶりの長距離だったので、少々足が疲れた。

今日の議事堂前はガランとしている。
警官の姿もほとんどない。

国会正門の前にも行く事ができる。

歩道のほんの一角だけで、集会のように声を上げている人たちがいたので、
僕もそこに行ってみた。

 

 

え〜、途中からいらっしゃった方もいるので、少しまた話をすると、
今日私はこのマイクとスピーカーを持って来ました◎◎と言います。

さっき警官の方からも、あなたが主催者ですか?と尋ねられましたが、私は
このマイクとスピーカーを持ってきただけです。
ここにいるすべての皆さんお一人一人が主催者ということでいいでしょうか?
ありがとうございます。

今日はシールズとか大きな団体の方はいらっしゃっていません。あの皆さんは今朝5時まで
ここで声を上げていたそうです。
私はどこの団体にも所属していません。一人で来ました。
今日はここに集まっている皆さん一人一人の声を聞きたいと思います。
それでいいですね?

 


皆さん、こんばんは。
先ほど札幌から来ている人がいて驚きましたが、私も昨日札幌から来ました◎◎です。
高校の教員をしています。

昨日あんな戦争法案が通ってしまって、
連休明け学校に帰って生徒たちになんて話をすればいいんでしょうか?
判りません。
政府が憲法を守らなくて、私たちは何を守るのでしょうか?

私には五人の子供がいます。
札幌でもこういう活動をしていまして、子供たちも連れて行きます。
三歳の子供は、朝起きた時に、『戦争法案、反対』『憲法、守れ』と叫びます。
嬉しいような、ちょっと複雑です。

高校で進路指導もしているんですが、近くに自衛隊の基地もあるので、自衛隊に入ると言う生徒もいます。
自衛隊の皆さんには災害が起きた時、本当に感謝しています。
でも災害救助隊と集団的自衛権の武力行使に出かける自衛隊は別物です。
生徒にもそういうんですが、

先生ね、うちの親も自衛隊です。でも親は反対しているんです。
絶対に入るなって、
今度は戦場に行くかもしれないぞって、
でも先生、自衛隊に入ると、学校にも行けるんです。
うちは兄弟も多いんで弟たちの為にも自衛隊に行きたいんです。

僕には行くなと言えません。言えませんが、行ってほしくないんです。

この前、8月に盆踊りが地元であって、その時に(北海道)道議がやって来て
突然櫓の上に上がって叫ぶんです。

皆さん、おめでとうございます。自民党の◎◎ですって。

おかしくないですか?おめでとうございますって、盆踊りですよ?
しばらく叫んだ後、下におりて来たので
僕は聞いたんです。安保法案について。

そしたら、自民党のホームページに書いてあるそのままの事を喋るんです。
だからもうちょっと質問していたら、ムッとされました。
それでも質問を続けると、僕の前にSPがさっと来るんですよ。

僕は一歳の子供を両手で抱っこしているんですよ、この僕が何か危害を加えるとでも思ったんでしょうか?
それでもあまり長い時間質問するのもよくないかなと思って、
今日はお時間を取って頂いてありがとうございました。って言ったんです。
そしたら、
いえ、いいんですけどね、こういう話はお子さんの前でするのはどうかと私は思うんですよ、と。
僕はまた腹が立ってしまいました。

子供の前でできないような話を国会で決めているのか、って。
この子たちに聞かせられないような事を、ここで決めているのか、って。

昨日ここに来て、最終電車で筑波に帰ったんですが、電車に乗っている時も
このプラカード(「9条守れ」)を胸にこう持って座っていて、寝てたんです。疲れて。
そしたら、体を急に揺さぶられて起こされたんです。
パッと目が覚めて、前を見ると、
こんなに大っきな人で、顔が真っ赤になった人が立ってるです。
僕は、これは怒られるのかな、嫌だな恐いなと思っていたら、その人が
僕も同感ですって、僕に握手して来たんです。
それが、すごい力だったんです。
東京に来て良かったと思いました。

 


八王子から来ました、◎◎と言います。

僕は全盲です。目が見えません。
ここには他に障害を持った方や、車イスで来ている人がいると思います(いるよ!と声)。
何かあった時、真っ先に放り出されるのは私たちだと思います。

今日は弟に連れて来てもらいました。
弟は、こんな集会に来るのは初めてなんです。

月曜日にも来ました。月曜日は兄に連れて来てもらいました。
兄も初めて参加した一人です。

みなさん、私たちの力だけではだめです。
もう一人、もう二人、
ここに一緒に行こうって、誘って下さい。
もっと声を掛けましょう。掛けて下さい。

それから最後にお願いです。
私はパソコンを見たことがありません。インターネットも使えません。
ですから使える方にお願いです。
「賛成議員を落選させる、一般市民の会」
というのを立ち上げて下さい。そこで私の替わりに呼びかけて下さい。
お願いします。

 


山口県から来ました、◎◎と言います。

私は創価学会に入っていました。35年間。
でもこの戦争法案を公明党が賛成して、私は学会を止めました。
妻は公明党の党員でした。
が、妻も止めました。
聖教新聞も止めました。
「一人一人を大事にする」そう言ってずっと活動して来たのに、この法案は何ですか?
おかしいではありませんか?
でも私は、山口では変人扱いです。安倍さんは総理で絶対権力者です。
すごい人気です。

私の地元で学会のグループでも400人くらいいて、その中で二人しか反対しなかったんです。
だから変人です。
この二人が私と妻です。
でも私は今日、ここに来て、私は変人でないと判りました。
こんなにたくさんの人が、私と同じ考えの人がこんなにたくさんいることが判りました。
ありがとうございました。


 

どんどん、こんな話が続いていく。

が、
僕の5時間歩いて来た足は限界になった。
止まって立っていることが辛いのだ。

それで、話はもっと聞きたかったが、議事堂前を後にした。

昨晩は何万人という人が怒濤のように渦巻く声の中で叫んでいたが、今晩は静かだ。
人はとっても少なかったけれど、話はゆっくりと聞けた。

僕はこんな話を聞きたくて、ここに来たんだろうと思った。

また時間があれば、ここに来たいと思う。

 

歩き5時間 28km 体重71.3kg

 

声上がる 一人一人の 思い溢れ 小さな声が 大きく響く 

 

 

 

 

 

見本/2015年6月14日号



TMM2020 No.644 2015/6/14(日)
一部、或は全文の転載お断りします/Tomida Kazuaki© 
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まだ今日も体が動こうとしない。

今日一日、休むことにした。

今回の公演は、これまでとまったく違う感触があった。

一人だけで叩く公演は、これまでにもしてきたけれど、

大太鼓だけを一人で叩き続ける一時間、これは初めて。
それだけの公演ということが良かったのだろう。

つまり‥‥‥、大太鼓だ。

大太鼓の本当の素晴らしさを良さを発揮する、皆さんに見てもらって、感じてもらえることが出来る公演だったのが、
良かったのだと思う。

もっともっと太鼓の響きを感じて欲しい。

一つだけ残念に思うのは、

あの会場ホールの客席で聴く大太鼓の音は、ティアラこうとうの半分くらいの音だったことだ‥‥‥。

でも僕がこの企画を決断した時、やっと、唯一空いていたのが、この日のあのホールだった。

それだけで感謝しなくては、いけない。

八年前、今の大太鼓を買って、東京で最初にお披露目をした会場もここだった。

やはり、この場所で出来た事が、ホール音響がどうのこうのというよりも、

最初にやるべき場所には意味があったことなんだろう。

今、この文を書き並べながら、そう思えて来た。

だから、残念などではなかったのだ。

言葉を変えなくては。。。


ありがとう、大田文化の森ホールさん。

あなたのお陰で、最後まで叩き抜くことができました。

 

来年の夏企画は、ラストトーク齊富が決まっているけれど、

来年の冬12月は、ティアラこうとうで一本打ちを、やりたいと今思った。

ずいぶんと先の話になってしまったけれど、

それまでにも、

叩ける場所があって、聞きたいという人がいれば、ぜひまたやりたい。

どんな場所ででも、どんどんやりたい。

でもそれには、そんな場所と人に、出会う必要がある。

その時が、きっと来る。

その日が訪れる、その時を待つ事にする

 

 

きなし 体重不明

 

ここにいる ここにあるんだ こころたび ここがわたしの ここちよいばしょ 

 

 

 

 

 

見本/2015年5月30日号



TMM2020 No.629 2015/5/30(土)
一部、或は全文の転載お断りします/Tomida Kazuaki© 
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日本橋から鎌倉まで十三里と言われた江戸時代。
これを成人男子は、一日で歩いたらしい。

僕の自宅から北鎌倉の東慶寺までは七里半だ。一里は約4km。
僕もこれを半日かけて歩いた。

井上ひさし著『東慶寺 花だより』の最終章・薮椿の章「おゆう」は、ここ東慶寺で読もうと思っていた。

 

 

 

 

作品のイメージに加えて映画『駆込み女と駆け出し男』のイメージがあったので、
実際の東慶寺に足を踏み入れた時、やや小振りの感があった。

現在はどこもかしこも住宅が迫って、やたらとカフェが多い北鎌倉だ。

山寺の雰囲気は、想像の世界を膨らませなければ見えて来ない。

JRの線路が門前を堂々と走っている向かいの円覚寺、
小説にある、御用宿柏屋さんなどもどこにあったのか、その姿は捜せない。

特に東慶寺の門が質素に見えた。

長い階段の後にそびえる大門のイメージではなかった。
映画の撮影は、主に京都で行われたらしい。

多くの駆込み女性が暮らしたお堂も今は見えない。
明治になって尼寺が廃寺になった為に、様変わりは激しいようだった。
だが今は観光客で賑わっている。

とりわけ女性の姿が多いように見えた。

これは映画の影響ではなく、以前からこうらしい。

静かな佇まいの寺が好まれるのだろう。

寺の境内で腰を下ろせる場所がない。
探してやっと、「ヤニに注意」と張り紙があった樹木の切り株に座った。

東慶寺の中にはたくさんの四季折々楽しめる草花が植えられていて、
その花が咲くことに寄って、季節を伝えてくれた。
井上ひさしさんが「花だより」と付けた所以だ。
http://tokeiji87.exblog.jp/24150941/

切り株の上にのった尻は少しひんやりとしていた。

 


※東慶寺岩崖に咲くイワタバコ

 

陽射しは強く気温も上がった今日だが、北鎌倉の木蔭は涼しく、風はまだ五月の其れだった。
汗を手ぬぐいで拭って、「おゆう」を読む。

多くの駆込み女性を救った東慶寺は今、時代を伝えてきた草木花苔に包まれ、
多くの観光客を迎え入れていた。

 

 

歩き6時間半 36km 体重71.9kg

 

横に揺れ そんな酔ったか 様子見て まだまだ来るぞ 地震列島

 

 

 

 

見本/2014年7月6日号



TMM2020 No.301 2014/7/6(日)
一部、或は全文の転載お断りします/Tomida Kazuaki© 
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昨日は深夜2時に部屋に帰って寝たのに、一旦は6時に起きた。

今日は何もすることがない。

僕がロンドンに帰るのに乗せてもらう車のドライバーが、ここで夕方の四時まで
太鼓ワークショップを受けているからだ。

来年、もし僕がここにくることが出来たなら、たぶん出演とワークショップを持つ事になると思うけれど、
今はまだ判らない。

午前中に会場近くを散歩して、それも飽きたのでホテルのレセプションで座ってこれを書いていたら、
けっこうここでも色んな人が話しかけてきて、忙しい。
昼までの時間はすぐに過ぎた。

お昼はいつものみんなとご飯を食べていると、庭に太鼓をたくさん並べ出した。

そこで何かが始まるんだとは判ったけれど、

「富田さん、太鼓を叩いて下さい」
と突然に言われる。
こちらでは、とってもフランク。

僕はサラダを口にしながら、
「いつですか?」
「今です」
「はい、了解しました!」
と、口をもぐもぐさせながら答えた。

今日の天気は基本的に晴れなんだけれど、それでも時々雨も降る。
だから僕は、その時もピンクのカッパ上下を着ていた。
衣裳に着替える時間もないし、上だけ脱いで打一好祭Tシャツにした。

そこで話を聞いて驚いた、みんなで叩くことになっていたのだ。

僕は真ん中に置かれた大太鼓のソロを短く。

 

 

最初に曲の説明があって、本番が始まる。

100人以上200人以下だと思うが、何人くらいか判らない。
それでアッという間にみんなでの演奏が終わり、とても楽しかった。
また適当に笛も吹いた。

またしても太鼓を叩く時だけ、ものすごいサンシャインだ。

終わって、それがお城のような建物の上からカメラで撮影されていたことを知らされる。
後でユーチューブにアップされるらしい。
そんなことも今、知った。

計画をしていたんなら、一言先に教えてくれてもいいのにとも思うが、
連絡するのが面倒だったんだろう。
それとも今、突然に決めたのか?
ラフなスケッチだけで動いている感じだ。
細かい打ち合わせなどはしていなくて、急に、その場で何かが動く。
こういうライブ感も、好きだ。

これが昼休みの時間。

 

 

 

 

 

 

 

午後は、四時まで冬冬と話したり、フランスから来ているWatanabe太鼓のピーターと話す。
この渡辺太鼓は、弘前の太鼓店とはまったく関係なくて、奥さんの名字が渡辺だから。
以前豊橋に住んでいたピーターが、フランスに帰って来て突然太鼓を作りたくなって始めたという。

今までに六台の太鼓を作った。
今回はレンタカーを借りてその太鼓を乗せ、1500キロ、走ってここまでやって来た。
これを仕事にする気があるのかないのか、売れなくても、なにも気にしていない。
たぶん、一台も売れていない。

もちろん日本製の太鼓は、ここではとても高い。
いまヨーロッパでの太鼓は、ドイツ製がやはりいい。
ここにもその太鼓屋さんは、やって来ていた。
かなり質も高い。

午後四時半出発。
また来た時と同じ車に乗せてもらって、ロンドン近くまで送ってもらい。
そこから列車と地下鉄と歩きで、冬冬の家まで戻る。

午後10時到着。
帰りは5時間半だったから、早く着いた。
もう10時を過ぎたけれど、ちょうど陽が暮れる空だからそんなに遅い時間には思えない。
でも夕暮れ時は、ちょっとさびしい。

冬冬は先に列車で家に帰って来ていて、ポーさんは僕の後に帰ってきた。
冬冬の父さん母さんは、ポルトガルにバカンスに行っているので不在。

今日は三人で、それからご飯を食べた。

 

 

歩き1時間、体重不明。

 

ロンドンに 帰って一息 もうすぐに 帰国がせまる 夏の一日

 

 

 

 

 

見本/2014年4月11日号



TMM2020 No.215 2014/4/11(金)
一部、或は全文の転載お断りします/Tomida Kazuaki© 
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朝5時半に携帯のベルが鳴った。

それから準備、それでも色々とあって、9時半に横浜の自宅を出発した。

上さんと二人で車で向かう。
こんな明るい時間帯を走ったことはなかった。
いつもは、早朝に出発するか、夜中に到着するかのコースだし。
東名、名神、全部昼間は、たしかに走りやすい。

午後5時半過ぎ、淡路島着。
銀行など色々と立ち寄ってから安置されている式場に着いた。


最初に顔を見た。
きれいな顔をしていた。

頭と体を触ってみた。
冷たかった。

これまで世話になっていた人たちと話をした。
もう母親もかなり疲労困憊なので、これでやっと落ち着けるだろうか‥‥。

午後7時半、みんな帰る。
今夜は僕が一人、親父に付き添うことにした。

母も、弟も親戚の人も、これまでの付き添いで疲れているので、ここでやっと僕の出番。
役に立ててよかった。

 

二人になって、親父に話した。

感謝の言葉しかない。
ありがとう、ありがとうと何度も言った。

今夜はここで飲むしかない。黒霧島を買ってきた。

でも酔っぱらう前にしておきたかったのは、般若心経と太鼓。

静かに叩いて唱えることとなった。

 

叩いていると調子にのってきたが、ま、押さえて押さえて‥‥‥。

「この辺でそんなことをするモンはおらんさかいに、ちょっとだけにしときよ」
と母に釘を刺されていたからだ。

でも今夜は貸し切りだしな‥‥。他に誰もいないから。

 

都会ではこんなことはないだろう。

この式場(セレモニーホール)のスタッフも宿直もいない。

大きい建物で、父と二人っきり。
笛も持ってきたらよかったな。

浅野の尺五寸宮は小さい太鼓だけれど、枕元に置くと、存在感はある。

 

ひとしきり叩いて、食事。
近くのスーパーで買ってきたものを食べる。

一人で飲んでいたけれど、こういう時って酔えないもんだね。

歩きなし、体重不明。


何すんで 二人きりでも どないしよ 芋は飲んだし 布団は敷いた


※父のことは他にはお知らせしておりません。故人の遺志により、
家族葬のみで、香典お花お供えもすべてお断りしております。
この日記をご覧になられましても、お気遣いなきようお願い致します。

 

 

 

 

 

見本/2013年9月9日号



TMM2020 No.1 2013/9/9(月)
一部、或は全文の転載お断りします/Tomida Kazuaki© 
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今日からMail日記を付けることにした。

鼓童時代に始めた日記は長く続いていたけれど、当時は毎日が波瀾万丈でいくらでも書くことがあった。
今は、当時に比べると自分の日常は、平々凡々だ。
毎日、何か起こることも、ほとんどない。
年も取ったし還暦が近づいている。仕事も減った。
震災原発事故があって、一年先の見通しを立てる気にさえならない気分がある。
希望の太鼓を叩かなくてはいけないのに、本人がどうしたことか。

迷っている時ではないことは判るのだけれど、体が動かないのでジタバタを繰り返している。

何をしたらいいのか判らない、今自分にでもできることを始めたいと思った。

HPにブログもfbもやっているけれど、それは一般公開なので、すべての人が目にする前提で書いている。
もっと生々しく書きたい。
この日記は‥‥‥‥‥これもしかし、もちろんすべては書けない。本当のことを書くと大変なことになる。
けれど、限定公開ということで、一歩自分の内面に踏み込めるかなと思う。

そんな訳で、愚痴は書かないようにして、ボチボチ始めます。


今日も太鼓は叩いていない。
来月にある学校公演の打ち合わせを一件済ませただけ。その後、チラシを作ったり、縁側の虫食い修理など。
この縁側の問題は、けっこう大変。
シロアリなのかなと思うけれど、その姿は見えない。捜せなかった。

縁側の床は表向きの腐った場所を取り除いたけれど、床の木を切ってみると、
そこからかなりの奥にも被害は広がっていそうで‥‥しかし、それは見なかったことにして、
防腐溶液を塗って、新しい木材を入れ、床を部分的に補修をした。
根本的な解決にはなっていないけれど、暫くは持つと思う。その暫くはいつまでか判らない。
こう書くと、東電と同じだな。

歩きなし。体重77.4キロ。

寝てもまだ 君を思いし 五輪コリン 桃栗三年 我記七年

 

 

 

愛しき五星ビール     愛しき五星ビール
万里の未知も一打から1982〜1985 万里の未知も一打から2 1985/9〜1987/7

 

愛しき五星ビール    豆満江に流る     太鼓打ち誕生
北京留学日記1988/9〜1990/6  延吉下宿日記1991/9〜1992/6  太鼓打ち誕生1995/1〜

 


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