
1957年3月、兵庫県淡路島に生まれる。18歳まで島で暮らす。初めての一人旅は高校卒業前の四国一周
1975年4月(18歳)、横浜放送映画専門学院(現・日本映画学校)演劇科入学。
在学中より演出家の関矢幸雄先生に師事し、氏の演出作品に多数出演、またスタッフとして参加。役者を志す。76年4月に初舞台を踏む。松島トモ子ミュージカル「絵のない絵本」(東京芝・ABCホール)に出演。他に文士劇(宝塚大劇場)では中国人曲芸師役など、オペラ「ボカッチヨ」で樽屋(友竹政則)の小僧役。学校の授業としてお囃子講座が開始になり(指導・末永克行先生)夢中になる。太鼓としの笛に初めて出会う。また同じ頃、邦楽の店『鶴星』にて尺八と三味線に出会う。親に無理を言って三味線を買ってもらう。77年3月卒業後も引き続き役者修行。77年夏の西友ファミリー劇場「堺正章の孫悟空」の猿、仙人の弟子役などで初めて全国の劇場を巡回。初めての映画出演は76年3月公開、学院映画科制作の「あほう」あほう役。平沼仁一(東京打撃団代表・当時横浜市鶴見区在住)が偶然この作品を鑑賞して、学院入学を断念したそうだ
1981年9月(24歳)『鼓童(こどう)』の旗揚げに参加。ベルリン芸術祭にてデビュー。イタリア、サンマリノ、旧西ドイツ公演など
82年 アメリカ(リンカーン・センター他)、カナダ、メキシコ公演など。 84年 第一回KODO ONE EARTH TOUR ここに始まる これは驚異の6ヶ月連続世界巡業だった。台湾、香港、中国、イタリア、フランス、スイス、イギリス、スウェーデン、デンマーク、旧西ドイツ、オランダ、アメリカ、日本公演。ドイツオペラ打楽器奏者と組曲「輝夜姫」(石井眞木作曲)初演。ロサンゼルス・オリンピック芸術祭、ニューオーリンズ国際河川博覧会日本週間参加。 85年 アメリカ(ケネディ・センター他)、カナダ、イギリス、オランダ、イタリア、スイス、フランス、日本公演。エジンバラ国際芸術祭、筑波科学万博音楽祭参加。750周年祭参加。
12月、1年間の活動ドキュメンタリー・NKK特集『太鼓よ地球に響け!-佐渡國鼓童の20人-』が放映され大きな反響があった
86年 台湾、香港、トルコ、インドネシア、マレーシア、日本公演。トルコ日本週間、バリ芸術祭参加。 87年 アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、旧東・西ドイツ(ベルリン・フィルハーモニーホール他)、日本公演。ロンドン、サドラーズ・ウェルズ劇場2週間公演。ベルリン市制750周年祭参加。 88年 アメリカツアーの後、4月より1年間舞台を離れ充電期間を過ごす。 89年アメリカ、カナダ、旧西ドイツ、スイス、ベルギー、フランス公演などに参加。
舞台の中心メンバーとして活躍し、演出も一部手がける。特に三宅島の神着木遣り打ち込み太鼓をアレンジ創作した「三宅」で新境地を開き、他にも演劇性を取り入れた作品を多く創作した。一番気に入っているのは、鳥獣が太鼓と戯れる「鳥獣戯打」と、二人の男の愛の葛藤を描く「オイサー」。初めての海外一人旅は83年8月朝鮮半島韓国一周。85年9月〜88年3月舞台班リーダー。85年12月、初めての写真エッセイ集『万里の未知も一打から』を発表。86年、ある一日・稽古場写真館 88年4月〜89年3月特別休暇。88年8月、二冊目の写真エッセイ集『万里の未知も一打から.2』を発表。充電休暇中に初めての中国留学。中央民族大学(88.9〜12)北京大学(89.2〜3)。89年4月舞台班に復帰するも、89年8月末をもって鼓童を退座、12年間を過ごした佐渡ヶ島を離れる。鬼太鼓座、鼓童時代を通じて世界21ヶ国、1200回以上の舞台に立つ
1989年9月(32歳)、再び天安門事件後の中国へ留学。
北京外国語大学(89.9〜90.7)で中国語を、中央音楽大学(90.9〜91.7)で、中国民族打楽器音楽などを学ぶ。90年11月、北京熱烈留学日記『愛しき五星ビール』を第三書館より刊行。延辺大学(91.9〜92.7)で朝鮮語などを学ぶ
1992年7月21日発行『AERA』(朝日新聞社・発行)に延辺地区で撮り貯めた写真6点が紹介される。9月末(35歳)に中国から帰国。東京都杉並区阿佐ヶ谷の住人となる。
日中留学協会で働きながら、95年まで派遣短期留学生の引率団長として度々訪中(主に北京)
1993年、 富田和明のお話とスライドの会「中国留学日記」を埼玉浦和の楽風(らふ)、大阪高槻のスタジオ76、東京・日中友好協会、中国語研修学校などで行う。9月、中国朝鮮族自治州・延吉下宿日記『豆満江に流る』を第三書館より刊行。94年3月、台湾・台北で開かれた第21回日華大陸問題研究会議に出席し、中国朝鮮族をテーマに国立政治大学にて論文『中国朝鮮族に関する一考察』発表講演する。7月、炎太鼓との合同でのモンゴル公演「モンゴル平原に太鼓の響き」などに参加
1995年1月(37歳)、富田の太鼓活動組織として『打組』を自ら結成。
富田和明的個人通信「月刊・打組」スタート。和太鼓の本格再デビューは95年2月、舞踏家・和栗由紀夫との「沈める瀧」(四谷P3)。5月(38歳)、渋谷ジァンジァンでの「富田和明 参上 太鼓物語」シリーズがスタート。その他、橋爪功企画「小土肥・菜の花舞台」などに出演。小編成三人組和楽器グループ『一陣風』のメンバーに加わる。7月、『東京打撃団(とうきょう だげきだん)』の旗揚げに参加。11月、山梨県立女子短期大学 公開講座「中国、この大いなる混沌の国」講師を務める。
12月、銀座築地での「富田和明 兎小舎 なにみてたたく」シリーズがスタート
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1996年元旦、ハンチョウ(河内敏夫)追悼フィリピン・マタブンカイへの旅(平沼と二人で)。3月、駐車場代の安さと緑に惹かれて、阿佐ヶ谷より横浜市青葉区に引っ越す。6月ジャカルタでの「Close-up of Japan96」東京打撃団が中心の‘TAIKO JEPANG’公演に参加
1997年2月、3月(40歳)に現在の地元・横浜市青葉区と故郷・淡路島で『富田和明with東京打撃団コンサート』を開き、5月末、富田和明的和太鼓教室『太鼓アイランド 青葉』スタート。9月には国立劇場での『日本の太鼓』に東京打撃団が出演、好評を得る。10月末、『太鼓アイランド 淡路』スタート。12月、門仲天井ホールでの「歳末叩き合い 和太鼓 体感音頭」シリーズがスタート
1998年3月(41歳)、殺陣舞台・大岡組『大殺陣』に音楽出演。7月、サッカーW杯フランス大会閉会式に日本代表として出演、全世界250TV局から放映される。9月には前年に続き国立劇場での『日本の太鼓』に出演、第三部案内役(「日本の太鼓」にはこれまでに計四回出演)。12月、フランス・アフリカ一ヶ月公演に参加
1999年5月(42歳)、子供のための太鼓コンサート『てんドンカツドン たいこドン』、ならびに、8月、子供ためのワークショップ『みんないっしょに たいこドン』スタート。6月には個人情報ホームページ『電網・打組(ネット・うちぐみ)』をスタートさせた。10月、第32回大銀座まつりに参加
2000年 3月 (43歳)、故郷・淡路島で『二千年を打つ会』を開催。5月、東京都の東京2000年祭事業「世界の子ども交流コンサート」で和太鼓ワークショップ指導を担当、東京打撃団メンバーとして出演も(NHKBS2で6月に放映)。7月、1995年12月にスタートした『富田和明 兎小舎 なにみてたたく』の最終夜・第15夜を迎える。夏、東京打撃団5周年記念ヨーロッパ一ヶ月公演ツアー(イギリス・フィンランド・ベルギーは打撃団公演、ドイツ「ハノーバー万博」のみ他参加者と合同公演)に参加。9月から、月一回のスペシャルワークショップ『兎小舎 月一打(つきいちだ)』を開始、翌年夏までの全12回の予定。11月、スーパーエンタテイメント「ザ・コンボイ」12月公演『THE CONVOY NIGHT 2000』の為に太鼓作曲指導を行う
2001年正月 (43歳)、東京打撃団初、赤坂プリンスホテル・クリスタルパレスにてニューイヤーズ新春特別 公演を行う。3月、『ミスシンガポールユニバース2001』オープニング出演、またシンガポール理工学院にて初の中国語での和太鼓ワークショップを行う。6月(44歳)、NHK-BS2 『フルーツサンデー』に東京打撃団ゲスト出演。7月、サンリオ「ピューロランド みこし祭り」太鼓作曲指導を行う。太鼓アイランド徳島の第一回講座が開かれる。9月〜10月、劇団青年座スタジオ公演『人魚まる裸みだれ髪』の太鼓作曲指導出演をこなす。第一回『太鼓アイランドUSA』の旅に出る。12月、和太鼓 新紀撃(しんきげき)スタート
2002年正月 (44歳)、小平市での東京打撃団公演を最後に、打撃団を退団。一人の太鼓打ちとして独立、新しい一歩を踏み出す。5月(45歳)、日韓共催・サッカーW杯参加イングランドチーム淡路島到着・歓迎のセレモニーに参加。10月、太鼓生活25周年記念・イギリスで初めてのワークショップ『太鼓アイランドLONDON』を行う。オックスフォード・ブルックス大学において、「JAPAN AT PLAY/日本の遊び文化」というカリキュラムでの特別講師を務める。12月『和太鼓★新紀撃 02約束』初めての本格的劇場公演をカメリアホールの共催で行う。自曲「約束」のダンスバージョンとカラオケバージョンを録音(編曲/内山 有希夫)
2003年正月、佐藤健作との太鼓Duo『和太鼓 里味(さとみ)』始動。6月(46歳)、『声に出して叩きたい太鼓』 の第1回合宿をOh!太鼓で開始。7月、富田和明 太鼓生活25周年記念公演『おめでとう!オレ』を、ゲストに山下洋輔、藤本吉利、両氏を迎え行う。山下洋輔さん曰く「鼓童の以前の主力メンバーで、いわば「富田流芸能太鼓」確立の、富田和明さんのリサイタルに助太刀」(CDジャーナル掲載エッセイ全文はこちら)。10月、鼓童・齊藤栄一との『和太鼓トーク齊富(さいと)』公演を実施
2004年3月(47歳)、都内で三番目『太鼓アイランド文化の森』開始。4月、他の都内太鼓アイランドもリニューアルスタート。太鼓アイランド江東から『弾!打から団』誕生、太鼓アイランド目黒も『富田伝統太鼓塾』として 開講。8月、徳島阿波踊りにて『同行二人連(どうぎょうににんれん)』発足デビュー。12月、世界初 全編お芝居仕立ての太鼓コンサート『和太鼓★新紀撃 03誕生』初演
2005年3月(48歳)、太鼓アイランド初めての発表会・『打一好祭2005』開催。4月『太鼓アイランド横浜』『太鼓アイランド草加』スタート、12月、完全一人太鼓舞台『鶏音鼓2005 発響』公演を行う
2006年3月(49歳)、太鼓アイランド第二回発表会・『打っ手2006』開催。7月、完全一人太鼓舞台『鶏音鼓2006 発響』再演四日連続公演を実施・写真館。8月、東京国際和太鼓コンテスト・大太鼓部門に出場 11月、清水の舞台から飛び降りる決意で新調浅野太鼓製長胴大太鼓(口径3尺2寸・最大径4尺2寸・胴長4尺1寸5分)を購入
2007年1月(49歳)淡路と東京で新大太鼓お披露目感謝打ち込み。 3月(50歳)、太鼓アイランド10周年記念/第三回発表会・『打一好祭2007』開催。6月、太鼓芸能生活30周年記念『ありがとう淡路島! 寺院と感動 歩き太鼓之旅公演』完歩。8月、18年振りに佐渡EC特別フリンジに参加・鼓童に招聘される。太鼓アイランド佐渡も開催。東京国際和太鼓コンテスト・大太鼓部門に2回目の出場。10月、30周年記念東京公演『あの音が聞こえる〜道行きの太鼓/千客萬來』では約25名が出演、太鼓絵巻公演を打ち広げた/写真館。二度目の太鼓アイランドUSAカルフォルニア。11月、徳島太鼓舞台。12月、30周年打ち上げ感謝パーティーを開催。
2008年5月(51歳)四国八十八ヶ寺巡り 歩き遍路 富田打ち 阿波國之巻。7月、夏の太鼓ライブ『夏打、海打、太鼓打!』。9月、トーク齊富リハーサル中に脳出血。一週間入院後、また一週間後に舞台復帰。10月、三回目の太鼓アイランドUSAカルフォルニアを実施。12月、年末太鼓ライブ『冬打!宇宙打!太鼓打!』
2009年(52歳)3月、太鼓アイランド発表会『打一好祭2009』を開催。門仲天井ホール開館20周年記念・打組和太鼓企画として、夏秋冬三公演を行う。7月に、夏の太鼓ライブ『夏打、海打、太鼓打!2009』。秋10月、『和太鼓トーク齊富 弐零零九』。11月四国歩き遍路・富田打ち 阿波國から土佐國へ。12月、年末太鼓ライブ『冬打、宇宙打、太鼓打!2009』を開催した。
2010年
2011年
2012年
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写真説明/1975年=76年に撮った演劇青年の頃の学生証用写真・19歳 1977年=写真は79年元旦マラソン後の集合写真。中央は山野實氏、他は当時の佐渡國鬼太鼓座メンバー・21歳(提供・山野實) 1981年=(1枚目)鼓童結成当初81年頃の稽古風景。佐渡郡真野町大小 稽古場。中央で屋台ばやしの太鼓を叩いているのが富田・24歳(2枚目)87年頃の写真・30歳 1989年=中国留学中の90年夏。民族音楽取材旅行中の陜西省で地元の劇団との交流会で歌を唱っているところ・33歳(撮影 井口淳子) 1994年=ウランバートル郊外・モンゴルの大平原で(撮影・桝野正博) 1995年=再デビュー作「沈める瀧」公演で・37歳(撮影 山本宗補) 2000年=1月戸塚公演劇場外にて・42歳(撮影 佐藤健作) 2003年=7月25周年記念公演にて・46歳(撮影 阪巻正志) 2007年=1月伊弉諾神宮元旦打ち込み・49歳(撮影 富田明廣) 敬称略
2005.10.5 撮影
■淡路島出身。20歳で佐渡へ渡り、佐渡國鬼太鼓座に入座。そのまま鼓童の創立に参加。この二グループで12年間を過ごし、その後約四年間の中国留学。帰国後、太鼓の世界に戻り、東京打撃団創立に参加。7年所属し退団。現在はソロ公演での演奏活動、作曲、太鼓指導、ワークショップの主催など多方面で活躍中。これまでに公演旅行で訪れた国は31ヶ国以上にのぼり、公演回数も1700回以上になる
■作曲活動では、群馬県川場村の依頼による和太鼓組曲「TAKERU(やまと たける)」の他、愛知県旭町に「祭会(さいかい)」、新潟県越路町に「古志の風(こしのかぜ)」、岐阜県岐阜市に「勝手鼓手(かってこて)」、東京都・世界の子供交流コンサートでの「宝の海」、群馬県藤岡市市政50周年記念太鼓曲「この空〜天までとどけこの響き」など他多数がある。※中国語で太鼓打ちのことを「鼓手」という
■また富田自らの企画として和太鼓教室『太鼓アイランド』を全国で開催している。他にも太鼓と人間の研究情報誌『たいころじい』に「中国的太鼓見聞記」を四回連載(第11巻・95年4月〜第14巻・96年10月)した
●これまでに、太鼓の演奏旅行で訪れた国 オランダ/ノルウェー/スウェーデン フィンランド/デンマーク 西ドイツ(統合前)/東ドイツ(統合前)/ドイツ(統合後) イギリス/フランス/イタリア スイス/サンマリノ/ベルギー ルクセンブルク/オーストリア エジプト/ケニア/タンザニア/ザンビア トルコ/日本/中国 香港(返還前)/マカオ(返還前) 台湾/インドネシア/シンガポール マレーシア/モンゴル アメリカ(アラスカ、ハワイ含む) カナダ/メキシコ ●公演ではなく、旅で訪れた上記以外の国 モロッコ/フィリピン/韓国 プエルトリコ(アメリカ属国)
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