富田 和明 その日の気分打!2004

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12月31日(金)

 天災の多かった一年、最後の最後にやってきたのは地球規模の大型だった。
 横浜ではきのうは好天だったが、今日は雪。かなり今は降っている、雪国の雪と比べれば屁のカッパだろうけれど。
 今頃、新潟でも降っているんだろうか‥‥。新潟県越路町の冬は寒かった。深々と冷えてくる。特に1月2月。雪の量がすごい。そこで仮設住まいは‥‥。来年こそは、少しでも楽になりますように。

 関西人の僕は、勿論うどん好きだ。好きだった。
 けれど、佐渡で美味いソバと出会って、今はソバ好き。
 この一年は、特にマイブームで、昼に家にいる時はソバが定番になった。近場に美味い蕎麦屋はない。家で茹でて食べる。これが美味い。
 スーパーでも美味くて安い乾麺が捜せば売られている。冷凍物にもお気に入りがある。新幹線駅構内にある長岡や上毛高原駅のソバ屋だってこの冷凍物だが、めっちゃ美味い。
 三年間通った越路町でも、昼は蕎麦の店を食べ歩いた。このへんはへぎそばが名物だけど、他にも色んな蕎麦がある。それに自分で打つ人だって多い。
 ある時、稽古場になっている体育館の玄関先で役場の人に、蕎麦を打ってもらいそこで茹で、ご馳走してもらったことがある。これは旨かった。
 皆さん今日は、どんな蕎麦を食べるのだろうか。いつか自分でも蕎麦を打ってみたくなった。

 来年も、よろしくお願いいたします。

12月19日(日)

 終わりました。新紀撃03公演が。
 覚悟はしていたものの、ここまで大変なことに自分がなるとは思いませず。この欄にその日の気分打を書くなどもってのほか。公演が迫るにつけアップアップの毎日が続き、思いのほか、身も痩せもしました。一週間で約5キロ。
 終わってまたすぐ、体重は復帰の気配ですが・・・。
 もうこれは見ていただけた方だけにしか説明ができないのですが、「お芝居仕立ての和太鼓コンサート」ね、ちゃんとそうなっていたでしょう?
 舞台の幕が無事開いたのは、一重に構成演出の江尻浩二郎さん、そして5年間コンビの相方を努めてくれた熊谷修宏の力が大です。もちろん、他スタッフの皆さま始め、お手伝いの皆さまのお力添えがあってのことですが。皆さま、本当にありがとうございました!
 僕はもう最後は引っ張られっぱなし、ついていくのがやっとヤットの状態でした。
 確かに他の太鼓コンサートとは違う事をやりたかったし、芝居もやりたかったけれど、自分で声を上げておいて・・・やってみると本当に難しかった。
 でもその分、終わってみて確かに新紀撃の花火は打ち上げられていた。こんな太鼓コンサートは、もう誰にも真似ができないだろうという想いはあります。
 ひょっとすると、今後そんなグループが出てくるかもしれないけど・・・それを楽しみにしています。
 とにかくこの03誕生を誕生させることだけに精力を注ぎましたので、今後の事は考えていません。03誕生の再演はたぶんありません。今年のこの今にしか叩けなかった新紀撃でした。


 ホール客席に一杯とは言えない数のお客さまでしたが、温かい声援とたくさんの拍手、それに沸き上がった力強い笑い声は、会場と僕たちの心満杯に響き渡りました。
 お近くから、またこの日の為に遠路はるばるお越し頂きました皆さま方、ほんとうに、本当にありがとうございました。

新紀撃03 公演エッセイ&写真はこちら

12月14日(火)

 気が付けば早、新紀撃03開演三日前と迫っていました・・・もう本番までどれだけこなせるのか、時間と気力の戦いでしょうか?

 もう何度も書いてきたかもしれませんが、たぶんこんな公演は二度とできないだろうと思います。たった二夜のみの「03誕生」お見逃しなく!

11月20日(土)

 ご無沙汰しておりました。
 毎日、社会は日本も世界も揺れ動いておりますね。あまりにも明るい話題が少なく、なかなか書く気分にもなれなれませんでした‥‥。

 僕の方はですね、日々のお仕事をこなしながら、そろそろ新紀撃03カメリア公演まで後、一ヶ月を切った訳です。
 少しずつ形が見えてきていると思います、ってそんな悠長ではいけませんが、12月がひしひし迫って来ている感じですね。
 和太鼓★新紀撃、デビューから3年、熊谷修宏とのコンビは約5年になりますが、もう今回も前回以上に楽しくノタ打ちまわりながら稽古を進めています。
 何しろ、これまでになかった和太鼓コンサートってなんだ?というのがいつもの大命題でございますし、なぜ自分は太鼓を叩いているのか?と常に自問していますので、そう簡単に答が得られるもんじゃない‥‥。
 まだたぶん、この喜びの四苦八苦は本番当日まで続くと思われます。 が、きっと一ヶ月後には面白い作品になると三人(構成演出の江尻浩二郎さんと熊谷、富田)は確信しています。

 歌って踊って語って芝居して、それに今回の初挑戦は殺陣(たて)。和太鼓体感音頭1999で出演もしていただいた島口哲朗さん(剱伎衆かむゐ)に振付指導を頂きました。
 それから初と言えば熊谷のオリジナルラブソングも披露されます!
 今回、熊谷は初めての作だというのに、かなりいい線いってます。いや、名曲です(って身内で褒めても説得力がありませんかね‥‥)。 タイトルが『奇跡』ですって。ね、熊谷も勝負に出てるでしょう?アレンジも初顔の成尾梢さん。
 それからお馴染みと言えば、ダンス振付は山中陽子さん、衣裳は鴇田章さんに伊藤 晴美さんコンビ。
 照明の村上智子さんと音響の斉藤美佐男さんは、僕の横浜演劇時代の同級生。そして、えっ?
「太鼓は叩くンでしょうね?」って?
またまた・・当たり前ですよ。太鼓のコンサートなんですから。それに浅野太鼓店さんには、いつも以上にお世話にもなっておりますし‥‥。
 太鼓はずっと叩いていたいっていう気持ちが、二人の胸の内では一杯なんです。いつも心の中では鳴り響いています。ね、そういう舞台なんですから。実際には叩かなくても。って、いや、叩きますから、心配しないでください。
「くどいようですが、本当に太鼓は叩くンでしょうね?」
って本当にくどいです!
 もうそこまで聞くなら、劇場に来て頂いて実際に見てもらわないと、叩くのか叩かないのか本当に判りませんから!! (って、やっぱり判らないのか??)
 もうあなたも悩むことはありません。さあ、チケットのご予約はこちらからどうぞ!

10月26日(火)

 地震発生から四日目、次々と現地の情報が伝えられるようになりました。
 僕が40歳の誕生日の日から数えて三年、毎月一回太鼓の指導で通った新潟県越路町も被害に遭いました。越路町は長岡市に隣接した静かな町で、ホタルの里としても、清酒「久保田」「朝日山」の里としても、三波春夫さんの古里としても有名。ソバも旨いです。
 二日目の夜に、やっと電話がつながり、こしじ巴太鼓の世話人・Kさんにお話しをお聞きました。亡くなられた方こそ出ていないようですが、まだ電気ガスは止まったままで、家屋道路その他の被害は相当なようです。
 これから冬に向かうこの地は豪雪地帯でもあります。冬がホントに寒いです。一日も早い復興を祈ります。
 落ち着きましたら、太鼓で何かお手伝いが出来ることがあればと思っております。

 こしじ巴太鼓について4年前の秋に書かれた月刊・打組『越後の秋 二つの実り』 は、こちらをどうぞ

 その後淡路島からも、地震報道に隠れてしまっているけれど、台風23号の被害が相当にヒドイ。犠牲者の方も出ていると連絡を頂きました。厳しい秋です。

10月24日(日)

 今日が、群馬県藤岡市での市政50周年記念太鼓曲の初披露でしたので、昨日から現地に入っていました。

 ちょうどこれから夕食という時に、地震。それも三回。この地方では珍しい揺れというこでしたが、藤岡市では幸い、それほどでもありませんでした。
 その後、震源地が新潟県の小千谷市、長岡市、辺りということが判り心配しております。

 一日も早い救助復興を祈ります。

10月22日(金)

 やっと晴れましたが、今回の台風23号は被害が大きかったようですね。また次の台風も来週に近づきそうだということで、少々心配です。
 僕の淡路島の実家でも浸水したようです。
 床上になるギリギリで水が止まったので最悪にはなりませんでしたが、一階の畳すべてから大事な家財道具を二階に老夫婦二人で上げたんだそうです。
 話を聞いただけで僕には真似が出来ないな、と思いますが、水がそこまでやってきたら火事場の底力で出るのでしょうか‥‥。気が張っている時はいいのですが、後が危ないですね。
 淡路島に住んでいた子供時代には、僕も台風をたくさん経験しました。僕の記憶でも浸水が二回あります。
 同じ町内でも一軒隣りでも浸水の程度がまちまちで、雨が止んで水が引き始めた時には探検しに走り回っていました。
 家の中が水浸しで、街が川の中にある風景なんてめったに見られませんから、子供にとっては喜々としていた記憶があります(親は泣いていたと思いますが)。学校が休みになって宿題もなにもしなくていいんですから、それだけでもとっても嬉しい。無邪気でした。

 九州から四国、関西と大暴れしながら関東に近づく台風の情報を刻々と耳にしながら、いよいよ来るかと思ったら、夜10時を過ぎてだんだん静かになった。雨も止んだ夜の12時を過ぎて、不気味な静けさに包まれました。
 我が家は東名高速の高架が近いので24時間、車の走り去る音が響いていて、昼間はそんなに気にならないけれど、特に夜は低く響いている。その音がピタッと止んだからだ。
 本当はこんなに静かな夜があったんだと、正月元旦でもこんなに静かになったかなと、音の止んだ空を眺めました。

 翌日の新聞を見て驚いたのが、海王丸(かいおうまる)座礁ニュースです。
 荒波が打ち付け浸水している船の中に閉じこめられた170人近い人々の救助は、まだ進んでいませんでした。

 海王丸は、海の貴婦人と賞賛される美しい総帆船です。
 今年の正月、知人のYさんがこれに乗り込み、シドニーまで航海の旅に出るというので横浜港まで見送りに行きました。
 初めて目にした海王丸。
 晴れ渡る雲一つない青空の下、真っ白に大きく大きく張られた帆が大小29張り、本当に美しかった。
 それから僕が惹かれたのは、船の先に守り神として女神の像があり、彼女が笛を吹いていたことにです。この像が金色に輝いていた。
 海の風を操って走る帆船の中でも、トップクラスの航海技術を誇ると言われていた海王丸の変わり果てた姿に心が痛み、あの女神さんはどうしてるのかなと気になった。

10月20日(水)

 台風がいよいよ東京にやってくるか〜?
 今夜の『弾!打から団』稽古は残念ながら中止となりました。台風での中止連絡は初めてです。いきなり空いた時間。溜まっている事は多々あれど、しばし打ラリとしています。

 前回のコンピューターネタ続きですが、あの日記は月曜日午前二時過ぎに書きまして、驚いたのはその日の朝10時、ピンポ〜ン! 福山通運さんが我が家のチャイムを鳴らしました。
 まさか‥‥、My iBookが修理を完了して生還しました。
 土曜日の午後修理に出し、月曜日に届く。
 アップルの仕事がこんなに速いなんて驚きました。こんなことなら新中古も買わなくて済んだのに、と思いながらも嬉しい笑顔でした。中のHDもそのままだったし、一安心。

 そしてその月曜夜は、草加のイタリアンレストラン・ラチェ〜ナ(晩餐)で新紀撃ミニライブ付きイタリア料理の夕べ。
 ほんとうに狭いところですが、人の顔がびっしり。手を伸ばせばお客さまの頭に当たります。こんなところで何ができるの?ここでしかできないものが出来ます。
 前回も始まる前は少し不安でしたが、始まってしまうととても楽しい時間でした。約1時間。たぶん、半分は話をしています。太鼓の二曲は前回と同じですが、他の演目を変えました。
 久しぶりに笛を吹き(冷や汗もので)、秘密の歌も初披露。
 テーブルの周りには、生まれたての赤ん坊から、生まれたてをかなり過ぎた奥深い年齢の方まで、特に女性の皆さまは、草加のどこにこんな美しい方ばかりいらっしゃったのかと仰け反ってしまうくらいの眩しさでした(Nさん、これくらいでいいですか?)。
 また、遠方よりお越し頂きました皆さまにも感謝いたします。

10月18日(月)

 先週末は快晴が続きましたが、コンピューターに付きっきりでした。
 土曜、ノートPCを修理に出し、日曜、もう一台を購入しました(中古品)eMacです。すべてが満足ではありませんが、諸条件を考慮いたしますとこの機種に落ち着きましてございます。確かにファンの音はけっこう大きい‥‥。
 ノートを修理に出すのとほとんど同じ値段でノートの同機中古も変えたのですが、この3年半一心同体のように時間と場所を過ごしてきたので、やはり身捨ててしまうのは名残惜しく、修理ができる状態であれば直し、最後まで寿命を全うしたいと願った次第です。
 ノートが帰ってくるまではeMacに頼ることになります。新機を購入すると各種設定からデータ復元やらなにやらで、とても一日では設定が終わりません。が何とかたった今、大切な道具は使えるようになりました。 HPの更新もこれで復旧しました。
 こちらが機械を使うのではなく、使われていたここ数日でした。そして久しぶりにパソコン市場を覗いた時、Macが以前よりも増して肩身の狭い存在になってきていたのに驚きました。

10月15日(金)

 窓を開ければ久しぶりの済みきった青空が広がっていました。
 これで気分爽快といきたいところでしたが、このところずっと調子の悪かった愛機iBookの液晶が、ついに完全に点かなくなってしまい、修理に出すことにしました。
 3年間でもう寿命なんでしょうかね‥‥。
 そんなわけで明日から離ればなれ、いつ手元に帰ってくるのやら、それまでたぶんHPの書き込みはお休みします。e-mailは、別機で受け取りますので、どうぞそのままお送り下さい。

 バックライトが消えた状態でも、使おうと思えば使えるもんですね。現にこうやって文字を打っていますから(意地で)。かなり時間がかかっています‥‥目にも悪い。特にカーソルが捜せませんので。
 それでは、修復しましたらまたご報告いたします。楽しい週末をお過ごし下さい。

10月8日(金)

 天候が不安定な毎日です。
 北京だったら秋が一番いい季節ですから絶好の中国晴れの毎日だろうな‥‥。もうずいぶんと足を運んでないです。
 日本に帰国してから早12年。この間の中国の変化は驚異的らしい。
 だから僕の頭の中にあるのは古き中国の姿かもしれない。四年後までには北京に行きたいです。

 今朝は、目覚めてみれば今にも雨が降りそうなお天気で、慌てて外に出ました。雨でなければ、朝に出る仕事がなければ、そういう日は大体歩きます。
 もう何年前にからになるかな、歩くようになったのは。その前は走っていたのが、足首とか膝とかの故障が多くて、歩くようになりました。
 結構早足。ほぼ1時間コースですが、以前走っていたコースと同じで、実は所要時間もあまり変わってない。
 かなりのスピードが出てます。て言うより、走ってたというのが実は歩くスピードと同じくらい遅かっただけ。
 コースは早渕川(鶴見川の支流)沿いです。横浜の方はお判りでしょうか?
 まだけっこう田圃や畑や竹林があって、川には鯉が泳ぎ、白鷺が(時々)飛んでいます。空が広いのです。
 この空を眺めながら、日々空想したり歌を口ずさんだりブツブツ言いながら歩いてます。
 周りから見るとかなり危険人物風かもしれませんが、そういうことは関知いたしません。一人の世界に楽しんでいます。晴れの日は特に気持ちがいいのですがね。
 このコースの中でも特にお気に入りの場所があって、それは湧き水が出ている(「霊水」と看板にはありますが)小さいお地蔵さんが見守っている池です。
 ここで顔を洗って水を口に含み、うがいをしてから少し飲みます。
 嬉しかったです、この湧き水を見つけた時は。
 佐渡時代、毎朝走るコースの途中にも山肌から湧き水が出るところがあって、ノドが乾いた時には飲んだり、暑いときには頭からかぶったり、重宝していました。
 今自分が住んでいる横浜の地元にもそれがあるんですからね、驚きました。
 今朝もその霊水で顔を洗って、一日が始まりました。何かいいことがありますように‥‥。って、台風が近づいてるんだっけ?

10月1日(金)

 今日は、清々しい秋晴れ。でもまだ少々暑さは残っていますが、過ごしやすいですね。月刊・打組 9月号 前から気になっていましたが、やっと昨日書き終えました。発表は今日なので10月になってしまいましたが‥‥。
 ここ数日間、また暑い暑い夏の徳島の事をずっと夢みていました。題して『阿波立つ三年 参加賛歌記』、素晴らしいタイトルですね今回も(いつものように自画自賛です)。中身もぜひお読み下さい。一ヶ月くらい前のことを思い出して文章に書くのはボケ予防にいいらしいですね。これからも頑張ります。

 え〜、それから嬉しいお知らせが一つ。来年三月に予定していた『太鼓アイランド フェスティバル2005』の日程が決まりました。3月26日(土)というベストのお日取りでございます。場所は、お馴染みカメリアホール。
 弾!打から団の発表会ということだけではなく、太鼓アイランド全体の発表会にも盛り上げたいと思っています。 トリは弾!打から団なのですが、幕開きはオープン参加大募集の「MASARU」を考えています。
 太鼓アイランドではお馴染みのMASARUのAかBを叩ける方は誰でも参加できるという、素晴らしいコーナーです。
 その他にも、各太鼓アイランドより参加希望の有志を募りまして、伝統太鼓塾から桶太鼓に至るまで、恐いモノ知らずでできるだけたくさんの皆さんのご参加を望んでおります。 初めての発表会ですから、ね。
 そしてこれは、太鼓アイランド会員皆さまによる実行委員会形式での主催にしたいと思っております。またお知らせを差し上げたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。
 今日はとにかく、スケジュールチェック!来年の予定表、3月26日に五重丸を付けておいて下さい。あなたの出番です。

9月27日(月)

 いっぺんに涼しくなり、いろいろあって風邪気味です。皆さまもお気を付け下さい。このページも久しぶりに開けました。

 19日、徳島で初の徳島新聞社カルチャースクール特別和太鼓講座、大賑わいでした。皆さまの熱いご要望にお応えして、第二回は来年1月30日・日曜日、神戸はその前日土曜日の午前コースが文化センター練習室となります。詳細はまだですが。

 太鼓アイランドスペシャル文化の森では、9月から横打ち講座がスタートしまして、その第一回が25日にありました。今月から完全定員制になり、すでに11月まで受付終了となりました。12月講座お申し込み受付中です
 横打ちは、両の手をブンブンと振り回します。講座の翌日たくさんの方から、今朝から肩が痛くてたまりませ〜ん。と嬉しそうなメールを頂きました。二日後の今日も頂きました
 通常は二三日で肩と腕の痛みはとれます。僕の場合、太鼓ではありませんが慣れないことをすると忘れたころの三日後くらいから痛みが出て、一週間くらい影響が残ります
 好きなことをしたことの結果であれば、想い出が体に残っているようで何だか嬉しいものです
 太鼓とは関係ありませんが、冬ソナが終わってしまい土曜日夜の楽しみがなくなって、寂しいです。ユジンとミニョン、最後までツッコミが入れられる楽しいファンタジーでした。冬ソナファンは圧倒的にオジサンオバサンが多いらしいのですが、オジサンでけっこう、と開き直ってのファン宣言です。
 ホント笑えましたよね。それでいて泣いてしまいました。もういいから俺を一人にさせておいてくれという感じで、泣いてました。冬ソナをだしに泣いていれば、あまり変人扱いされずに済みます。

 先々週の土曜日18日に前売開始されました『和太鼓★新紀撃 03誕生』公演チケットは、お陰様で好調スタートを切りまして、ありがとうございます。良いお席はお早めに皆さまのご予約お待ちしております。

 来月10月18日(月)夜7時から、草加市のイタリアレストラン・ラチェーナで富田、熊谷・新紀撃コンビのフリートークミニ演奏付き第二回『新紀撃番外ミニライブ&イタリア料理の夕べ』が行われますが、こちらすでに受付満員となりましてご紹介のみです。あしからず。

9月13日(月)

 秋とは言え、台風の過ぎ去った淡路島ではまだまだ暑うございます。台風にも耐えた稲穂が重く実をつけ、彼岸花が畦に咲き誇っています。

 昨日は、神戸と尼崎で午前午後会場を移動してのWワークショップ。けっこう今日は心地よい疲れが全身を覆っています(やせ我慢)
 初めての人が多いときには、いつも以上にテンションが上がりますので、乗ってくる人が多いとこれまた盛り上がります。
 次回は、午前午後キチンと同じ会場で落ち着いて稽古できればと思っています。関西って関東以上に太鼓を叩ける場所の確保が難しいんです。
 そうそう、ワークショップに参加しに来られた方で、神戸の「太陽の子保育園」(作家・灰谷健次郎さんが作られた)の保育士さんが偶然いらっしゃいまして、この保育園、僕が20年近く前に太鼓を叩きに訪ねた事がある所で、当時、園児に太鼓教育を行っていました。
「今はどうなってます?」と聞くと「実は近所からの苦情が多くて太鼓は叩けなくなったんです」と返ってきました。そうでしたか‥‥。太鼓も揃えてみんな楽しく叩いていたのにね。
 太鼓を叩かない人々の耳には凶器にもなることもあるのでしょうね。ま、僕の耳にも時と場合によってはそうなるかも。ルールは必要です。日本人の心を打つなどともてはやす前に、叩ける環境を求める運動も必要なのかもしれません。
 都会で叩くという発想が無理なんでしょうかね。イヤイヤ、この淡路島でだって太鼓を叩ける場所はそうないのです。いつも一番大変なのが、太鼓を叩ける場所を捜すことなんです。

9月8日(水)

 前回の書き込みからずいぶんと間隔が空いてしまいました。
 阿波踊りの後、オリンピックで興奮の連夜を過ごし、台風の来襲と共に進めておりましたのが、新紀撃03誕生の準備です。
 自分の事でなんですが、毎度のことながらすでに四苦八苦しておりまして、今回の舞台は、劇作家・江尻浩二郎さんに全面的にバックアップをお願いいたしました。
 これはもうすがってしまいました。
 そして大船に乗った気分で出発進行となりました。が実は、三人での打ち合わせは三度しか出来ていませんが、かなりの熱い話し合いとサイゼリア通いは続き、虫食いの穴あき小舟に三人が乗り込み早くも転覆の危機を何度も迎えたかのような、とっても刺激的な旅立ちとなっています。楽しいです。
 これまでの新紀撃は熊谷と二人で楽しいお稽古を繰り返して作り上げていましたが、03誕生では、江尻さんが加わった三人での三つ巴の楽しいお稽古となりそうです。
 12月まで、まだまだ時間があると思いながら「アッ」という間に師走ですよ。果てしない時の流れのようにも思いながら、季節は確実に冬に向かいます。今夜はまだ夏のように蒸しますが‥‥。
 これまでになかった、まだ誰も観たこともなかった和太鼓コンサートって何だ?という課題に立ち向かっております。

 前売りチケット(全席指定)は、9月18日(土)午前10時から全国ローソンで一斉発売開始、もちろんカメリアホール、打組でも取り扱います。ローソンではお店でチケットが発券されます。但し、太鼓アイランド会員割引きの扱いは打組のみでの扱いです。
 よろしくお願いいたします。詳しくはこちらをご覧下さい。

8月16日(月)

 今年も阿波踊りが終わりました。
 四日間ありますが、最終日の夜がやはり最高です。
 この欄に二日に渡って書いてしまった、南内町演舞場の総踊りの演出についても、考え方を変えて自分の位置を変えれば満足しました。つまり入場門近く、囃子方が勢揃いする自由席のすぐ横に立つことです。

 僕にはこの音圧がいいんです。
 笛・三味線・鉦・締め太鼓・大太鼓・胡弓・鼓(つづみ)など、それらがすべて生音で夜空に響きます。
 確か昨夜のここでの総踊りは、総勢1,800人とか言っていました。踊り子と囃子方のです。 囃子方は、300人程度でしょうか?これが一つのうねりを造って、この音の中を踊り手が、手を挙げ足を跳ね動かしくぐり抜けていきます。

 これを見納めると、聞き納めると、大きな感動と共に、祭り後の寂しさ体を包みます。
 また来年もここにいたいな‥‥。三年で区切りをつけるつもりだったのが、性懲りもなくそう思ってしまいます。
 これが祭りの魔力ですね。

 南内町の演舞場は、市内数ある演舞場の中のたった一つの演舞場です。他の演舞場でも、大盛り上がりだった筈です。
 それから、これが徳島のすごいところ。路上での踊り合いが夜10時半を過ぎてから頂点を迎えます。もう本当にドロドロの祭りになります。人人人で道路を埋め尽くし、音と踊りで渦巻きます。
 四日間ののべ人出は百万人を越えると言われていますが、阿波踊り、と一言で言っても百態万態。
 人それぞれの祭りの楽しみ方が味わえます。一人しみじみと踊るも良し(しみじみとならないかもしれませんが)。
 僕も同行二人連で、二時間ほど汗だくになって楽しみました。輪の中に入って一緒に叩き、また一人で叩きながら踊り、空を見上げました。
 好きな連の追っかけに徹するもよし、ただ見るも、ただ踊りまくるも、自分がやりたいように過ごせば、それを受け止めてくれるのが、徳島の阿波踊りです。

 祭りの後、それぞれの衣裳のまま、三味線の棹を持ち、笛を横に差し、踊り子は編み笠を外して家路を急ぎます。まだ何処かから聞こえている囃子を遠くに、下駄の歯音が心地よく夏の夜に響きます。

8月14日(土)

 同行二人連がデビューいたしました。
 13日の金曜日という事は忘れます。阿波踊りの楽しみ方の奥深さを実感いたしました。
 正に見るも楽し、参加すればなお楽し、です。
 一人で太鼓を担いで何が楽しめるのか、僕も若干の不安はありましたが、徳島はそんな僕をも優しく受け止めてくれました。
 最初はコバンザメのように連の演奏に参加して様子を見ましたが、徐々に慣れ、「よ〜し、いくぞ〜」とふんどしを締め直してから、もう何も恐くなくなり、何処にでも入っていけました。
 とは言っても入りやすい連、入っていきたい連があります。
 昨夜は10以上の連の中に入りましたが、一番嬉しかったのは「なにわ連」でした。踊り手二人、鳴り物も数名でしたが、これが粒ぞろいの踊り手。
「もうこの二人はね、死ぬまで踊りますと、言うてます」と鉦の叩き手が僕に言うてくれました。大阪に住む徳島県人会、らしい。
 けっこう年輩の方々でしたが、気合いが充分。僕も暴れさせてもらいました。
 元町演舞場と新町橋演舞場(共に無料演舞場でここもかなり面白い。はち切れています)の間に架かる新町橋の橋の上でした。
 踊りもなく、太鼓だけの一人でもここでやりました。同行二人連のデビューは、この新町橋ですね。
 この辺りが一番場末という感じがいたします。ここが穴場です。
  場末と言っても、人はかなりいます。見ていますし、またその人たちが雪崩れ込んできたり、消え去ったり、話しかけてきたり。同じ時を過ごしたことで、心が開かれます。
「太鼓を叩きながら踊るのは珍しいですね」と言われると、「僕はこれがやりたかったんです」と夢中に話している自分がいます(太鼓打ち・富田和明ではなく、ただの阿波踊り好き者の一人です)
 何度も言うようですが、阿波踊りは観るも楽し、参加すればなお楽し。本当にそうでした。街中にこの音と、人々のエネルギーが渦巻いています。
 本当に好きな人がたくさんいる、命を掛けているのではないかと思えるほど好きな人が。それも徳島に住む人だけではなく、全国から集まってきていることが、祭りの底力だろう。
 15日最終日、雨が降りませんように‥‥。

8月13日(金)

 引き続き昨夜の話ですが(12日文を読んでいない方は、先に読んでから戻ってきて下さい)、今年から有料演舞場の二部入れ替え制、座席指定制が始まり、このチケットの購入がインターネットでもできるようになり、チケットが簡単に求められるようになったことは僕にとってもとても嬉しい事でした。
 この座席指定制導入により、総踊りの演出変更を余儀なくされただろうことは、僕にも想像がつきます。
 昨年までは、夜10時を過ぎて総踊りが始まる前に、川側と反対側の桟敷席にいた人々を移動させていました。
 初めて祭りを見に来て、何も知らないでその席に座っていた人の中には、当然怒る人もいたでしょうが、三年前、二年前は特に大きな問題にはなっていなかったと思う。すでに慣習となっていたのだろう。
 そもそも夜10時を過ぎると有料演舞場のお客さんの数が減り、チケットを持っていない人も入ることができた(チケットはいつもすべて完売している状態なので規則上は出来ないのだが)。規則も人にも隙間があった
 透明で堅実な祭り運営と収入を得るためにシステムが変わったと思う。
 でも、この南内町演舞場のチケット販売に関しては、チケット販売する時点で注意事項として、「この座席は演出上、夜10時以降、席を移動します。 場合によってはお立ち見となります」と表記した上での販売も可能ではないだろうか。方法はあるはずだ。
 できないと、あきらめきってはいないのか?
 徳島阿波踊りの楽しみ方は、幾通りもあってその盛りだくさんな演出が魅力だと思う。
「たったこれだけの変更で、どうして君はこんなに熱くなってるんだ? 阿波踊りは何も変わってはいないだろうに」と言われそうですが。
 その数ある演出の中でも、僕が一番好きなシーンが南内町演舞場での総踊りでした。
 今年は無理だとしても(あきらめるのは寂しいが)、来年はぜひ復活させて欲しいと、切に願う私でありました。

8月12日(木)

 日付はすでに変わってしまいましたが、徳島阿波踊りの初日を見終え、淡路に戻ってきたところです。
 どうしても気持ちが納得できない。僕の大好きだった、南内町演舞場での最後の総踊りの演出が変わってしまったことにです。
 阿波踊り振興協会に属していない連の皆さまには関係のないことかもしれませんが、僕のような阿波踊り一ファンにとって、一日の締めくくりの総踊りを見て気持ちも納め、家路につくわけですが、昨年までの豪華さ盛り上がりワクワク感が感じられなくなったのです。
 12連の提灯を先頭に連の代表が躍り込み、その後ろに囃子方が先ず入場し、演舞場の中央に陣取り、踊り手を迎え、そしてまた最後に退出してゆく演出を取り崩し、囃子方が入口付近でずっと鳴っていたのでは、そして入場の人数もぐっと減らしてしまうのでは、迫力がまったく違います。。
 音が感じられないと、非常に味気ない。
 残念、としか言いようがありません。
 出演されている連の皆さまにとっては、昨年同様最後の力を振り絞ってやっているだけに、演出の変更が悔やまれてなりません。
 昨年までの感動が得られずに帰る僕のもどかしさ。鳴門海峡を渡る高速も、ずいぶんと飛ばしてしまいました。

8月9日(月)

 お盆が近づいています。なんだかこの暑さにも慣れてきたような気がします。まだまだ暑いですが‥‥。えまさんとのコンサートが終わり、またしてもアタフタ過ごしておりました
 
いつまでたっても、これは自分の性格上、生きていくという事から離れられない事なのでしょうかね
 
自営業は、いつも忙しく、いつも働いているような、いつも遊んでいるような‥‥。いや、決して遊んでいる分けではありませんが。ただ、好きなことをしていると、好きなことをする為に、こういう毎日になってしまうのでしょう
 
お盆も帰省をしてのんびり過ごすどころか、阿波踊り三昧の日々(になる予定)です
 
今年で徳島の阿波踊り通いも三年目、そろそろ僕も参加したくなって、太鼓を持っていきます
 
一人ですが、連のつもりです。 浴衣を着て、連の名前を染めるわけではありませんが、連の名前は決めてあります
同行二人連(どうぎょうににん れん)
 弘法大師さまと同行二人の二人連れではなく、あなたと私の二人連れです。いつどこで叩くかは、不明
 
皆さまも、楽しいお盆をお過ごし下さい。

 太鼓アイランドスペシャル・文化の森では、会場の都合により、9月から完全定員制となりました。多めに受付できません。お申し込みはお早めに、お申し込み後は確実に、お越し下さい
 それでは
今後とも、よろしくお願いいたします。

7月28日(水)

 またしても月曜から今日まで、熱い三日間を過ごしました。
 2004 SUMMER ART SCHOOLの和太鼓講座。
 
午前中は多くが福祉関係者?の皆さまとのワークショップ。午後は子供たちと一緒に叩く時間。それが三日間続くのですが、子供たちと三日間どう過ごせるのかと最初は少し心配していましたが、そんな心配は無用でした。
 一緒にいるだけで、子供たちと過ごす時間の中で、次々の展開が広がっていきます。ハンディキャップ(という言葉は使いたくありませんが)を持つ子供たちの元気良さ、真っ直ぐさにはいつも驚かされるばかりです。これなら一週間コースも楽しいかもと思ってしまいました。
 午前中の大人クラスのほとんどは、これまた太鼓初心者の方ばかりでした。
 太鼓の普段のワークショップノリ+子供たちと接してゆくヒントをどうだしたらいいのか、一緒に楽しめるリズムの作り方教室などの要素が含まれる内容でした

 
太鼓を叩く技術は、一気には上達するという訳にはいきませんが、速効で気持ちが沸騰してゆく点、物事を面白がる点において、これまた素直な子供たちのような人々でした。
 
短い時間に即興的に作られた曲の面白さに、僕もちょっと唸りました。声に出して叩きたい太鼓シリーズに充分ノミネート出来る作品になっていました。その人の生活背景、人間性などが現れて、とても凝縮された時間に感じられました
 
参加の皆さま、お疲れさまでした。スタッフの皆さま、お世話になりました(このワークショップに関しては、主催者から記録集が出るそうです。情報はまた後日、ご案内致します)
 
そうこうしているうちにも、土曜日の『二胡と太鼓の夕べ』がじりじりと近づいて来ております。って、同じセリフを言っている場合ではないんですが
 
台風だけは、避けてくれますように‥‥。

 このコンサートはまだ若干、お席の方に余裕がございます。前売りお申し込みをお待ちしております。受付後チケット代の方は、当日窓口支払いとなります。お気軽にどうぞ。

7月20日(火)

 暑中 お見舞 申し上げます!

 唸るしかない暑さが続いています。小倉から帰ってきてまだ倒れています。太鼓を叩く時と、叩いた後だけ元気回復して、その後またダウン。
 先週末は三泊四日で小倉祇園祭りに行って来ました。イヤハヤイヤハヤの暑さ、そして祭りの熱さに当てられっぱなしでした。報告は、8月23日(月)に太鼓アイランド目黒の会場で行います。
 その前の週末は、太鼓合宿・Oh!太鼓 第10回。
 初めての?野外での開催。雨の空をかいくぐって晴れの空を求め、また雨の中でもお構いなく叩きました。二日間だけの(特設)嗚々太鼓神社の周りで祭りを楽しみました。
 サンリオピューロランドのみこし夜祭りも、無事17日・初日を終え、始まりました!暑すぎる夏は、ピューロランドがぴったり。屋内型ですからね、涼しいです、というかちょうどいい夏の夜です。
 こうしているうちにも、今月末31日の『二胡と太鼓の夕べ』がじりじりと近づいて来ております。暑さの中、ボウフラ状態の頭を叩き起こそうとしております。
 皆さまも、ご自愛下さい。

7月9日(金)

 なんですか、この暑さは‥‥。 すさまじいですね。
 明日から二日間、小田原で『Oh!太鼓』太鼓合宿。
 野外でも太鼓を叩くのですが、ぶっ倒れないように、ほどほどの好い加減の時間にしたいと思っております。夜はたき火を囲んで星空を眺めながら、となりますかどうか‥‥。このお天気いつまで続くんでしょうね。梅雨が明けて夏の開幕でしょうか?!

 サンリオピューロランドの夏のイベント『みこし夜祭り』の練習も山場を迎え、連日熱を帯びてきております。
 キティ、ダニエルはいつも浴衣姿で頑張っていますし、今回初めて参加のウサハナと、シナモンも太鼓を叩くシーンはほんの少しですが、楽しそうです。
 間近に見ると、一瞬にしてこちらの顔が笑顔に溶けてしまいます。もうウン十歳が近い僕ですが、ウサハナちゃんの笑顔と、シナモンちゃんのスキップ姿には、やられてしまいました。やっぱり永遠の癒しアイドルですね。 指導中の写真はこちら
 ダンサーの皆さんは、新人さんたちがほとんどのメンバーで、一夏を迎え、そして過ごし、終えることで、一皮二皮脱皮して成長してゆくことでしょう。そんな季節は、やっぱり夏なんでしょうね。暑さを楽しみ乗り越え、実りの秋を迎えることでしょう。
 夏を迎えるこの時期には、どうしても胸がしめつけられるような気持ちになる僕ですが、ここ数日の暑さにはそれどころではなく、脳味噌ブッタ切りされている感じです。皆さまもお気を付け下さい。

7月6日(火)

 松下竜一さんが先月17日にお亡くなりになった。
 この方のお話は、どうしてもいつか書いておかなくてはいけないと思いつつ、時間が過ぎていった。

『豆腐屋の四季(講談社文庫)』を読んだのは、1984年1月10日。
 鼓童が「ONE EARTH TOUR」と名付けた世界巡業を開始した記念すべき(半年間出ずっぱりの海外公演を敢行した)時でもあり、その初日が1月11日の東京(五反田ゆーぽーと)公演。10日は、佐渡から東京に向かう移動日だった。
 佐渡汽船に乗ってから読み始め、上越新幹線の中でも読み続け、ホテルに到着して読み終わった。この間ずっと泣きっぱなし、時に嗚咽がこみ上げるという状態だった。これは生活感たっぷりの、貧しく清く美しく泥臭い純愛詩文だ。
 この本を読んで何が変わったのか?
 それは自費出版でいいから、二十代に自分の本を出すという決意をしたことだ。月刊・鼓童の創刊に合わせて始まった僕の連載「万里の未知も一打から」は、まだ一月号を書いただけだった。
 独りよがりでもいいから、とにかくこの連載は書き続け、自分の足跡を本にまとめたいと思ったのは、この本を読んだきっかけがあったからだ。
 個人のCDは一枚も出していないが、本だけは四冊出したその最初の一歩は、松下竜一の『豆腐屋の四季』と出会わなければ、なかっただろう。27歳の僕の心に突き刺さった一冊だった事に、間違いない。
 松下竜一様、ありがとうございました。

 今日は午前、小田原の青少年の家へ合宿下見に行き、帰りに近場の区役所で不在者投票(今は期日前投票というらしい)をしてきました。とっても簡単ですよ。皆さん、日曜日を待たずにどんどこ先に投票してしまいましょう! 朝8:30〜夜8:00まで毎日投票が可能です。

7月4日(日)

 太鼓アイランド目黒・伝統太鼓塾は、4月から小倉祇園太鼓コースを始め、7月は2回追加講座を行っていますが、その一回目が先週の金曜日でした。いつものように、初めて参加希望の申し込みメールがあり、その方は勤めの関係上、7時にはなんとかとおっしゃっていましたが、やはり現れたのは開始30分過ぎ頃でした。
 遅れてきた彼に、僕は「太鼓は初めてですか?」とまず最初に聞く。その方は「いいえ」と答える。「そうですか、じゃどこでやっていましたか?」と軽く挨拶のように尋ねる僕。そこで「小倉です」と答えたMさん。
 この一言で、僕の目の輝きが変わった(と思う)。
「それじゃ、ちょっと叩いてもらっていいですか?」
「いいですよ〜」とすでに乗り気のMさん。
 刺客というよりは、打客と言った方がいいだろう。
 とにかく叩くのが好きです。と、その一言がにじみ出るような素晴らしい、真似のできない太鼓でした。小倉生まれの小倉育ちが、東京に出てきて三年、僕のHPを見つけてたまらなくなってやってきた、という感じでした。
 もう自由にやればいいんですよ、ドロ(下打ち・コドン)のリズムに合っていればどう叩いてもいいんです。楽しく叩くこと、それが一番です。
 この20歳のMさんの言葉は、素直に僕の心にも届いた。
 僕のワークショップに訪ねてくるほとんどの方は、ここで初めてバチを握り、何をどうしてどうやればいいのか分からないけれど、一度叩いてみたいという気持ちでやって来た方。それと、すでに太鼓グループなどに入っていたり、過去に入っていたりで多少の経験はあるが、もっと違う知識や刺激を求めていらっしゃる方だ。
 Mさんのように地元の伝統太鼓の叩き上げ、のような方は珍しい。僕にとっても、このMさんはとても嬉しい打客だった。
 今年の小倉祇園祭には初めて訪れる予定で、すでに楽しみにしていたが、Mさんの登場は、その小倉から「早く来い来い、とにかく祭を見に来ないと何も分からないぞ」と念押ししに現れた使者のように思えた。
 今年の小倉祇園祭は今月の16・17・18日の三日間。僕は15日(木)から小倉に入ります。祭でも何でも、この前の日っていうのが嬉しいですよね。
 小倉にはどれだけの数の太鼓狂いが集まるのか、太鼓を好きに叩くという事はどういうことなのか、僕も太鼓打ちの原点に戻って見て叩いて(?)来たいと思います。

7月1日(木)

 先週、京都宇治から帰ってまず取り組んだのが、サンリオピューロランドの夏のイベント『みこし夜祭り』用の作曲です。今年で4年目になりますが、今年はまたバージョンアップ、曲もすべて変わりました。
 指導陣も下駄ップが THE STRIPES(ザ・ストライプス)のHIDEBOH、踊り振付が 花柳輔太朗、太鼓が僕です。
 稽古は、ピューロランドの営業時間が終わってから、実際の広場で行います。24日にスタートしました。この稽古が始まれば僕にとって、もう夏です。
 僕の参加は4年目ですがダンサーはほぼ全員新人さんで、毎年入れ替わっているので、ゼロから指導です。短い稽古時間を追い込んで、集中して習う方も教える方も真剣勝負です。7月17日の初日開幕まで、どこまで持っていけるのか‥‥彼らの成長が楽しみです。
 今年は特に、キティとダニエル、シナモン、ウサハナも太鼓を練習中!もうホント可愛いですよ。

 その後、この前の日曜日は藤岡市での指導が大詰めを迎え、最後の追い込みをしてきました。その前に、二胡と和太鼓の夕べコンサートのDM発送。その後に、月刊・打組6月号の作成発送と続きました。

 紙面版の月刊・打組は、100号で打ち止めを決めています(インターネット版は続きます)が、現在95号。この10年、我ながらよく頑張ってきたと思います。書くことよりも、その後の作業が大変です。もう止めようもう止めようと思いながら、それでも版下を作って最後にセブンイレブンでコピーをして、手にとってみると、やっぱりこの手触りがいいんです。
 それに不思議なのは、インターネットでも同じ文面が流れているのに、まったく違う文章のように感じることです。おかしいですよね。
 やっぱり手に取る、という行為なんですね、伝わると言うことは。
 太鼓も自分でバチを握って、太鼓の皮や胴から響いてくる音を体で感じることが一番だし、人に伝える想いも、電話もメールもいいけれど、やっぱり手を握って見つめ合う行為には勝てません。よね!?

 来週末は、僕も楽しみにしているOh!太鼓 太鼓合宿 第10回記念。雨がどうなるのか?降るのか降らないのか?まあ小雨でもこの際ですから、多少は外でも叩いてみたいと思っています。
 今からでもまだ若干名、受付可能です。参加したくなった人はご連絡下さい!

伝統太鼓塾の稽古風景 弾!打から団の追加日程もUPしました

6月21日(月)

 昨日は、太鼓熱のこもった「待ってました!ドンとこい」と書いたハチマキを締めているいるかのような皆さま(炭山太鼓練習会の皆さんが中心)、朝から夕方まで一緒でした。写真はこちら
 宇治は宇治でも山中の小学校の体育館を借りて、スゴイ湿度と暑さの中、外は初夏の空、盛夏の空、台風の空、と七変化八起の変わり様。体育館の中はずっとサウナです。
 朝の稽古始まりはゆっくりとエンジンをかけ、最後にはスパークさせていく一日ワークショップは、皆さんの熱意が僕の体と心を揺さぶり、最後は澄みきった気持ちにさせてくれていました。
 特に僕が気に入ったのが、田楽踊りです。
 この踊りと太鼓が混じり合えば、特長のある太鼓になると思いました。
 練習が終わって片付けも終わり、僕は放心状態。見上げれば、青い蒼い空と白い雲、そしてなぜか雨も降っている。どこかに虹も出ていそうな空でした。

 6時前に皆さんに送られて宇治をスタート、横浜まで走りましたが台風の影響か途中豪雨と小雨の繰り返し。何度もサービスエリアに車を止め、休みながら帰りました。
 こちらではこちらの仕事が僕を待っていてくれました。
 ほんとうの八月入道雲が立ち昇る盛夏の空まで、休みなし。駆け抜けます。無事にお盆を迎えられますように‥‥。

6月20日(日)

 神戸は想い出深い街として、僕のその短い歴史の中でも脳裏に熱く刻み込まれている場所です。
 街の行く先々で、感傷感想文原稿用紙10枚は軽くクリアできると思います。そんな街ではありますが、ここで個人的な仕事らしいことはしたことが最近はなかった。
 淡路島に七年も通いながら‥‥。

 今回、以前淡路にお住まいだった太鼓アイランド淡路のメンバー二人を頼りに、よしこの街で一度やってみようと、初めてのワークショップ『太鼓アイランド神戸』を開催したわけですが、美女揃いの9人の女性がお集まり下さいました。
 まったく初めて太鼓のバチを握った方が4人、かなりやってきた風の方が4人、残る一人はその中間。
 インターネットで見ただけで、僕のことはまったく知らず、コンサートも勿論見たことがない、36歳主婦Fさんも三人の幼子を御主人に預け、「危ないところと違うのんか?」と心配されながらも、太鼓を叩いてみたい一心で参加されました。大丈夫です、オウムではありません。
 初めての方も、そうでない方も実に興味津々な顔付きでして、僕も嬉しくなりました。
 時間が三時間でしたが、その時間の過ぎるのが早いこと速いこと。僕も時間目一杯やってしまったので、最後に記念写真を撮るのも忘れてしまいました。
 参加の皆さんの目が輝いており、大好きな神戸で、こういう皆さんと出会え、時間を過ごせた事が楽しかったですね。
 次回(まだ詳細はでていませんが決めました! 第二回の太鼓アイランド神戸は、9月12日・日曜日の午前中、場所は同じ神戸元町・練習室です)は、男性の皆さんの参加もお待ちしておりますよ。

 その後、車を京都宇治まで走らせまして、やって来たのが宇治川のほとりの老舗旅館。
 一人で泊まるのはもったいない宿で、川向かいに平等院があります。閑静な場所です。
 昨夜は雨でなければ蛍を見に行く予定でしたが、叶いませんでした。
 今日は午前午後と夕方までたっぷりと、地元太鼓グループの皆さんと一緒です。雨は上がり、目の前の宇治川も静かに流れています。これから出かけます。

6月18日(金)

 流れる汗が止まらなかった。
 客席前の皆さまには申し訳ないと思いながらビチョビチョでした。歩く度、振り向く度、立ち止まる度、下を向く度、流れ落ち、上を向けば目に流れ込み、汗が口に入ればツバキと一緒になって飛び跳ねていました。
 スミマセンでしたね。かぶりつきのお客様には大変ご迷惑をお掛けいたしました。
 公演前半部分は特にまったく二人が汗を拭く間もなく、どんどん舞台が進行していきますので、自分たちではどうしようもありません。次回公演には、前列のお客様はタオルかハンカチ〜フのご準備をお願いいたします。
 空調の風も体に感じていながら、汗が異常にしたたり落ちていきました。これほど落ちてしまったのは、やはり太りすぎだったからでしょうか‥‥。狭い空間のステージはプロレスのリングみたいなものです。
 これは‥‥新紀撃の話です。先週末土日・大阪千日前トリイホールでの話です。

  一日目、大阪の皆さんにどんな風に受け止めてもらえるのやらと、期待と不安が一杯でした。
 東京では最初からファンが多いのでずっと、手拍子と掛け声が掛かりますが、大阪は試されている感じで、静かでした。
 ま、それが素直な感想だったのだと思います。
 二日目、私、なぜか本番前にフラフラなってました。その日、朝からご飯を食べていなかったのを思い出してしまった。
 それでもいけるかと思いきや、足がからみ最初のダンスシーンから足がもつれ、その後は必死になってしまい、力の抜き加減を見失いそうになりました。
 もう立っているのがやっとの後半戦でした。僕が大阪で公演を行うのは、実に鼓童時代以来の何年ぶりか判らない‥‥確か近鉄劇場が最後だったけれど、あれは1988年か89年か(古い話ですね)。
 で、それ以来ですから、親戚一同も駆けつけ(皆ジジババに変身しており)、鼓童以来のファンの方も驚くなかれいらっしゃり(まだ覚えておいてくれた!ありがたや)、高校の同級生も現れ(名前を言われなければ最初見ただけでは判らなかった)、またかなりの遠方よりもお越し頂いておりました(無事帰れましたか?)。
 そんなこんなで、たった二日間が終わってしばし倒れていました。恥ずかしいことです。
 熊谷修宏は元気ハツラツな様子でした。若い!

 とはいいますものの、僕だって大阪新紀撃の翌日の月曜から昨日まで、淡路島で太鼓アイランドをやっていました。
 また昼間は、各種打ち合わせ&淡路のえまさん(二胡奏者)と打ち合わせ(東京でコンサート『二胡と和太鼓の夕べ』の)など、しておりました。
 まだ大阪公演の整理はまったく手つかず、お礼状も書いておりません。たくさんの皆さまのご協力の下、新紀撃、大阪初上陸公演が終了いたしましたことをご報告させていただきます。
 感謝、感謝、でございます。ありがとうございました。
 流れる汗は今やっと止まり(かなりその後の水分補給が行き届き)夏を思わせる太陽に顔を灼いています。
 明日は、神戸に参ります。太鼓アイランド神戸、よろしくお願いいたします。

6月8日(火)

 倒れていません。生きています。
 週末はけっこうハードなワークショップを二日行い、特に太鼓アイランド文化の森では、1コースの始まりが午後1時で3コース目が終わるのが、午後九時。
 それも内容が大太鼓編なので一番体を大きく使う。よくこんな一日コースで全部参加する人がいるよな〜と思いながら(自分で企画しておりてね)、全力投球しながら3コース目は足元もおぼつかない位の振り絞りで立っていました。
 こちらには毎回遠方よりの参加者も多く、嬉しいですね。家に帰れば本当に倒れてしまい、その日の夜のお楽しみ「冬のソナタ」も、観ていたような観ていなかったような‥‥、気が付けば「爆笑オンエアバトル」も終わっていた。

 それで翌日・日曜は朝8時過ぎに出発して、埼玉県草加市でのワークショップ。こちらも皆さんよく集まって下さいます。風邪がまた流行ってきているようですが、気を付けましょうね。
 梅雨入りもしたんですね。外は雨。練習場でエアコンをかけると寒いし、止めると蒸し暑くって頭まで梅雨入りしそうになるのを、こちらも必死で振り絞っていました。

 そして、今週月曜からは新紀撃 千日前公演の準備一色です。もうすぐです。大阪のど真ん中。梅雨の雨以上に、汗を振り絞ります。ぜひお集まり下さい!只今、ご予約頂きますと、チケット代金は当日受付精算とさせていただきます。

6月1日(火)

 徳島海南、足早に行ってきました。
 日曜日の午後おやつ時に新紀撃のミニライブが終わり、その日は淡路の実家に泊まって月曜日に横浜まで移動の予定が、同乗者がどうしても「このまま走りたい」というので、その声にひきづられて帰ってきましたかなりの夜半。
 が、年齢でしょう、体調が悪くなり昨日はけっきょく倒れてました。
 生活のリズムは出来るだけ崩してはいけませんね。顔はユデダコになってます。海南での二回目のライブが野外だったもんで‥‥。詳しくはまた後日。

 伝統太鼓塾の8月〜10月講座の募集を開始しました。
 そして、まもなく新紀撃・大阪千日前でのコンサートです!チケットが・・・あります!!!
 大阪、関西、西日本の皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。02約束公演の上演をお見逃しなく!ぜひお越し下さい。

5月27日(木)

 念願だった「えま」さんとのコンサートが実現することになり、いつもの下準備にここ何日かは追われていました。 詳細はこちら

 二胡への想いは月刊・打組5月号にもいろいろと書いたのですが、えまさんは、活動の中心が大阪で、他には九州沖縄から全国、海外まで飛び跳ねています。なぜか、まだ関東の皆さまにはあまり知られていないかと思います。
 僕は偶然故郷の淡路島でお会いし、すっかりえまさんの二胡の虜になってしまい、いつか一緒に舞台に立ちたいと思っておりましたところ、夏の盛りの新宿で機会を持つことが出来ました。
 僕の二胡の師匠でもあります(2回しかレッスン受けていませんが‥‥)。このところさっぱり練習からは離れていますし、僕が舞台で二胡を弾くことはまだ当分ありません。ご安心下さい。
 二胡は習いたいとは全然考えたことがなかったのに、えまさんと出会って自分も触りたくなったんです。

 二胡の前に、20年以上前かな佐渡の鼓童時代、ラジオの特集番組を聞き、胡弓を習いたくて越中おわら節の富山県八尾町に一週間休みをもらって名手の家に通ったこともありました。
 まったく手に負えない楽器でした。
 自分に受け皿もなかったからでしょうが、音楽の世界も閉鎖的だった気がします。
 それに比べて二胡は、ここ10年ちょっとで急激に日本社会に広まり流行しています。こちらの楽器の方が開放的です。不思議ですね。

 不思議と言えば、えまさん。そうとう不思議な人です。 名前からして変だし‥‥。
 何度かお会いしましたが、まだどういう人なのかよくは判りません。そこが魅力でもあるんですが、地球人です。淡路島のご自宅では、まだ薪を割って釜にくべ、お風呂を沸かしていました。
 周りに外灯も何もないところで、お宅から一歩外へ足を踏み出してびっくりしました。空の星がおっこちてきそうなくらい輝いていました。
 僕の実家も淡路島ですが、同じ島でもぜんぜん違う環境にお住まいでした。舞台の上でどんな話ができるのか、これもすごく楽しみなんです。

5月14日(金)

 最近、年金未納の話題に隠れて忘れられているのではないかと心配してしまうのが、イラクに派兵されております自衛隊の皆さんのことです。
 僕が今一番好きな作家と言えば、浅田次郎さんを上げずにはいられません。ここ数年、トップは浅田次郎。揺らいでいません。この浅田さんが自衛隊経験者です。
 他にも氏は過去の人生経験が豊かな方で、ヤクザにネズミ講にブティック経営に競馬通い(今でも競馬は続けられているようですが)と、それもすべて小説家になる為の所行であったと、氏はおっしゃっております。 ついでに書くと、学生時代はブラスバンド部というのも嬉しい。
 まず入門者は『初等ヤクザの経済学教室(幻冬舎アウトロー文庫)』あたりからがお薦め、その後に『勇気凛々ルリの色(講談社)』で弾みをつけ、『蒼穹の昴(講談社)』を読んでしまえば、それからは一気に全部を読みたくなってしかたがなくなる中毒症に陥ること間違いなしです。『鉄道員/ぽっぽや』『日輪の遺産』『霞町物語』‥‥僕も唯一、この方の本だけは出版されれば必ず買い求めます。
 そして、この春、緊急出版された『それでも私は戦争に反対します。(日本ペンクラブ編/平凡社)』にも氏のお名前がありましたので買いました。
 失礼ながら他に寄稿されている諸氏の中でも、やはり浅田次郎の文は説得力が違います。上からものを言っていない。泣かせます。ぜひ皆さまも手にとって読んでみて下さい。
 早く帰って来させなくてはと思います。せめて忘れないようにしたいです

5月12日(水)

 昨日は、心地よい晴れの一日となり、午後からは夏を思わせる強い日差し下、車を10分ほど走らせて秘密の野外稽古場へと向かいました。
 横浜市の青葉区で外で太鼓が叩ける場所は、そうありません。
 先客がいなければ(ドラムのお兄ちゃんが張り切って練習していると、うるさくて自分の稽古にはならない。お互い様だけど)、雨が降らなければ(一応、高架下なんだけど風があると雨除けにならないので)、まずまずの場所だ。

 三味線の練習を二時間ほどここでした
 日差しを避けて柱の日陰に座布団を重ねて敷き、腰を下ろす。
 時折、犬付き散歩人やら、ジョギング人やらが通り、田園都市線・東急電鉄車輌が轟音をたて走り過ぎるが、三味線の音に集中していれば、さしては気にならない。はず。
 コンサートの本番が近づかないと三味線の練習は、普段まったくしていない。
 昔はもちろんしたけれど。その名残でまだ弾いている感じだ。
 棹を左手に撥を右手に、胴の重さを右モモに感じながら、ゆっくりと目を閉じれば、横の道路を走る車の排気ガスと犬のションベンの臭いも、潮の匂いと海からの風に変わる。
 その時僕の目の前に広がっているのは、佐渡が島の陽を浴びてきらめく真野湾と澄み渡る青い空だ。
 山の緑も萌える五月晴れの下、海を見渡せる石の階段に腰をかけ、鳥のさえずりを聞きながらバチを握っている青春の時にタイムスリップする。安上がりのタイムマシンだ。

5月10日(月)

 ここに書くのも恥ずかしいので黙ってましたが、実は僕も『冬のソナタ』韓国KBS制作・NHK総合テレビ放送にけっこうはまってます。
 面白い!毎回、大笑いしています。
 先週土曜日放送分でも、なに?ここでターロットを出してきたか‥‥。
 そこでユジンが、カードを落とすか?
 おっと、ここでドアを開けると‥‥チェリンが‥‥来たよ。
と、 ま、ご覧になっていない方は判らない話ですが、僕は腹を抱えて手を打ってずっと笑っています。
 こんなに笑えるドラマも久しぶり。いいです!喜劇です(って思っているのは僕だけ?)。
 ドラマは「一に本、二に監督、三に役者」って言われますが、この本(脚本)がいい味出しています。
 日本ではとてももう書けない話の展開に小道具の使い方。をこのドラマでは堂々とやってくれています。
 それを大真面目に美女美男の役者さんたちが演じているのが、たまりません。土曜の夜の気分転換に最高です

5月7日(金)

 いや〜晴れましたね、今日は五月晴れ、太陽がまぶしいです。
 GWは近場をうろうろはしたものの大体が家でゴロゴロしていました。後半は冷たい雨と風でしたね。この後ありがたいことに、8月まで土日もすべて予定が入っていますので、せめてこの時だけでもと家族と過ごしておりました。
 この時期に、そうだ本も読みたいなと久しぶりに本屋さんを梯子しまして何冊か買い求めました。
 インターネットの利点もたくさんありますが、やはり紙と活字の世界も手放せません。僕も活字離れが進行していますが、本を読む時間を少しは取り戻したいと思います
 ここんところずっと読んでいたのが、梁石日(ヤン・ソギル)の『闇の子供たち』(幻冬舎文庫)です。

「アジアの最底辺で今、何が起こっているのか。幼児売春。臓器売買。・・・冷徹な資本主義の現実と人間の飽くなき欲望の恐怖を描く衝撃作!」と裏表紙文にあります。読んでみると凄まじい内容でした。
 現実に日々行われている事実がありながら僕は立ち上がろうともしていませんが、この本は手に取りました。まず知る事、本を読むことは誰でも出来る事だと思います。
 梁石日が書いたのでなければ僕も手に取らなかったと思う。タイで起こっていることと日本に住む僕たちと、どう繋がっているのか、梁石日は読ませます。
 この小説の中で日本のNGOアジア人権センターから派遣された音羽恵子さんという人物が登場する。僕にとってNGOで活動する人たちは未知の人々だ。なぜ遠い国まで行ってそんなことをするのか、危険を冒し自分の死まで覚悟して、と。
 NGOに参加する人々も多種多様千差万別、いろいろな方がいるだろうが、ここで僕が思いだしたのは高遠菜穂子さんの事だ。
 解放された直後、高遠さんは「こんなことがあってもイラクの人々のことを私は嫌いにはなれません。許されるならこのままイラクに残って子供たちの元に駆けつけたい」と語った。その事に小泉さんは「自覚を持って欲しいですね」と相当に語気を震わせ、福田さんは自己責任を口にした。
 この高遠さんの一言葉の方がよほどイラクの人々の心を打つのではないかと思うのですが‥‥。これら閣僚の皆さまにこそ読んで頂きたい『闇の子供たち』だった。志を持ち底辺からものを見、考えようとする人々の行動さえ禁じられては、僕たちは上意下達だけの情報を与えられることになります。高遠さんの快復を祈ります。

4月26日(月)

 3月中頃から冬を取り返すように忙しくなり、その後4月に入ってからもワークショップに、太鼓グループの指導に、その他学校音楽鑑賞会から結婚式披露宴まで、走り続けています。ありがたいことです。まだまだ皆さま、お声をお掛け下さいね。デリバリー太鼓打ちの先兵(?)としてこれからも駆ける覚悟であります。
 
そんな訳で、月刊・打組4月号をまだ書いていません。←いばるなってゆうの。
 書く気になればすぐ筆は(指は)動くかと思うのですがね。毎朝新聞を読むと腹が立つことが多くて‥‥、せめて身近で面白いことがないかな〜なんて考える春の空です

話は変わりますが、テレビ朝日・報道ステーションの古舘伊知郎。ずいぶんと叩かれていますが、基本的に僕は古舘さん、好きです
 確かに空回りや、場にそぐわない発言も多いけれど、たまにピシャリ!と両の手を鳴らせたくなる言葉があります。古舘さんはかなり本気である意気込みを感じます

 筑紫哲也さんの聞き上手、語らせ上手にも唸りますが、自分の無鉄砲さというか、そういう風に肩肘張っているような希少な同世代に、応援の声を上げたいです

 
十数年前、渋谷ジァンジァンでマルセ太郎さんのライブ客席に腰掛けている古舘さんを初めて目にして以来好きになり(単純です)、その後古舘さんのライブ・トーキングブルースを聴いた後には、飲尿健康法まで(毎朝目覚めの一杯を頂くのですが、僕は二週間で限界でした)真似をしてみた僕です。好きになれば長いんです

 昨日一昨日は、群馬県藤岡市へ行って来ました
 
ここには二ヶ月に一回の割合で行っていますが、早いですね、この二ヶ月という時間の感覚が。からっ風のように、もうこんなに過ぎたの?って思いながらみんなと会っています
 
4グループを別々に指導して、最後に二グループ合同稽古をして帰ります。まだ曲全体が一度も通っていないので、いったい何分の曲になるのか、僕にも判っていない
 
10月が発表なのでそれまで色々盛りつけしたいと考えていると、どんどん長くなっております。藤岡市の太鼓関係者の皆さま、もうしばらくお付き合い下さいね
 
この二日間も好天でした
 
青い蒼い空にたなびく鯉のぼりの群。金銀赤青黒に染まる巨大な鯉が、夏に近い陽の光を浴びて大口を動かせながら、みごとに群馬の空で舞っていました群馬ではなく、今だけは群鯉の空かな。
 
藤岡での新曲名は『天までとどけ〜このそら〜』です。

4月16日(金)

 人質となっていた3人は解放された。よかった
 
武装グループの声明文の内容は、まともな意見だ。人質を取ったことは正当な事では勿論ないが、日本人を友人として語りかけている彼らの言葉は、同じ血の通った人間の言葉として充分に伝わってくる。敵やテロリストであるのは、いったい誰なのだ。友人と信じ迎えられなければ、戦争は終わらないし、敵を作るだけだ。
 
4月に入ってからだけでもファルージャでは、アメリカ軍の攻撃により700人以上が殺されているという。イラクの人々の声に答えて、本当の人道復興支援をするには、アメリカ軍の攻撃を止めさせること、イラクの人々の声に耳を傾けようと、ブッシュさんに今こそ言って欲しい。そのことが日本国民を代表する本当の日本政府の役割ではないのだろうか。

4月15日(木)

 昨夜の雨から桜は緑の樹木となり、季節は春を迎えました
 
日本人人質問題が発生してから、一週間となりました。まだ僕がこれを書いている時点では、三人に新たな発表できる情報はないようで膠着状態が続いていますし、別の日本人ジャーナリストの拉致事件が起こりました
 
この一週間、いろいろな方がいろいろの発言をされていますが、これは僕たち一人一人の意識の踏み絵になっていると思います
 
僕はアメリカの押し進める戦争に同調して、傷口をこれ以上広げたくはありません
 
もうすでにあまりにも多くの人々が犠牲になっていますが、これは意味のある戦いなのでしょうか?イラク国民を助けるといいながら、なぜアメリカはこんな嫌われているのでしょう?テロリストと戦うといいながら、今は誰と戦っていると言えるのでしょうか?

 イラクではこの戦いの中でも、人々は生活し、子供が誕生し、結婚式の祝いも行われているのでしょうか。音楽はあるのでしょうか。音楽は平和の証です。唄と太鼓と踊りとで賑わうバグダッドの姿を見たいのです

4月9日(金)

 すっかり春の陽気にはなりました。横浜の桜もピークを過ぎた感です
 
この春スタートの三つの都内・太鼓アイランドが、無事に開幕しました。いろいろと準備に追われていたところもありますが、楽しいですよ。三所三様、僕の気持ちも切り替わり、楽しんでいます弾!打から団』オープニング記念写真はこちら
 
来ていただいた皆さんともっと喜びの時間を過ごせるよう、準備片付けを含め、考えたいと思います。参加の皆さまのご協力を、今後ともお願いいたします
 
昨夜は伝統太鼓塾の初日で、片づけの後「やっぱ、太鼓はいいな〜」などと思いながら車を走らせていましたが、ラジオのスイッチを入れたとたん嫌なニュースを聞いてしまった

 起きてはいけないが起こるであろう事件がついに起きてしまった
 
いくら自衛隊は人道援助活動に派遣したと政府が説明したところで、そうは受け止められていない
 
自衛隊派兵は間違っている。そもそもこの戦争を仕掛けた意義が判らなくなっている。こうしてどんどん戦争の渦に僕たちも入ってゆくのだろうか
ここで撤退したら、笑いモノになる」などという政府閣僚もいるが、誰が笑うのだろうか? アメリカでも今や、ブッシュ支持が40%まで落ちている。世論が変われば、勇気の決断となる
 
自衛隊はすぐさま撤退させるべきだ
「自衛隊は戦争に行くのではない。人道援助に行くのだ」と小泉さんは声高に叫んだ。現
時点でも自衛隊がまだ人道援助活動を継続できる状態なのか、とても疑わしい
 
今でも戦場ではないと言い張るのであれば、 まだ人道援助活動ができるというのなら、それでは自衛隊ではない、別の人道援助活動組織を派遣すべきだろう
 
水道、道路、学校建設、病院建設どは、土建屋さんの仕事ではないのか?病院も医師、看護婦の派遣、医薬品を届けるのも自衛隊でなくていいのではないかと思う
 
どうして自衛隊でなくてはいけなかったのか?アメリカへの忠誠心を表すために自衛隊だったのか? 最初から戦場であると認めていたからこそ自衛隊を送ったのではないのか? いまだに僕にも理解できない
 
スペインの世論は戦争NOを選択した。僕たちの声で日本も戦争NOを選択できないのか?
 
明日も楽しく太鼓が叩けますように‥‥

3月27日(土)

 今日より始まる太鼓アイランド文化の森を含め、都内三カ所の太鼓アイランドは、大変に多くの参加ご希望を頂きまして、誠にありがとうございます。太鼓アイランド江東『弾!打から団』も参加者の募集を一時締切とさせていただきます。嬉しい悲鳴です。ごめんなさい。
 
伝統太鼓塾もキャンセル待ちとなっています。文化の森でも自由参加制ですが、会場の都合ですべてご予約を受け付けることにしました。文化の森での講座のみ4月以降の参加者を受付中です
 
江東や目黒に参加したかったのにという皆さま、初夏の合宿に参加してみませんか?本日決めました!
 
7月10〜11日(土・日)の小田原です。叩く見る聞く笑う語る-富田和明的太鼓合宿『Oh!太鼓・第10回記念』 夏祭りだよ、全員集合〜太鼓響宴 詳細はこちら
 
緑が眩しい自然に囲まれた山中での合宿。空気も美味く、太鼓も上手くなり(?)、飯も旨い!きっと心と体が喜ぶ楽しい合宿になると思います。ご参加をお待ちしております。

3月25日(木)

 春の最後の足掻きなのか、底冷えのするような日が続いております。淡路、徳島もかなり寒うございました
 
月曜日、徳島から帰る日、朝に出発したものの、通常ならブッ飛ばして7、8時間の距離ですが、東名高速で事故通行止めがありまして、これが出ますと予定が大幅に狂ってしまいます
 
一般道に迂回する訳ですが、こちらが当然の大渋滞。進みません。それに雪です。ほんとに降ってました。 こういう時の雪はよけいに恐いです。
 
箱根越えはチェーン規制まで出ていて、東京ではすでに桜が咲くと言うこの三月末にチェーンか‥‥とショックを受けましたが、手前で何とか高速道に戻り、午前様の横浜到着となりました。腰も辛うございました。

 さて昨日・水曜日の夜は、埼玉県草加市のとあるイタリアレストラン・ラチェーナ(晩餐という意味らしい)で、『新紀撃番外ミニライブ&イタリア料理の夕べ』というのがありました
 僕の
最新情報欄にも出していませんでしたのは、お店は大型店ではありませんので、30人弱で満杯。ほとんど身内で埋まってしまいまして、一般のご案内はできませんでした。あしからず。
 
身内と言っても親戚ではありません
 
新紀撃を見に来ていただいているお客様方&太鼓アイランド常連会員様です。それだけで熱気ムンムンでしょ。それもなんと妙齢の美女ばかりが(って、これくらいでいいですか?Nさん) お集まりで、当然ライブも晩餐も盛り上がりました
 
演奏は当初15分くらいあるかも?と言っていましたが、やはりやってしまいましたよ、1時間。それも新紀撃02約束では演奏されていない曲ばかり。この場所ならではの曲ばかり。
 
電車の中で熊谷と打ち合わせをしての、ぶっつけ本番です
 
おせんべいの里・草加へは、我が家からは近くの田園都市線が地下鉄半蔵門線とつながり、そして東武線につながっているので電車の乗り換え無しの一本ですが、一時間半は電車に乗ってます
 
熊谷とは渋谷で合流。打ち合わせをしていると夢中になりますから、気が付けば草加でした
 
レストランですから舞台はありません。通路に、太鼓を持って立っているだけでもう動けないお地蔵さんスペースで、これでどこまで何ができるのか? 短い時間に考えた結果のライブでした
 
僕も熊谷もかなり楽しくノッてしまいましたね。こんなミニライブディナーは、今度いつあるのか判りませんが、また機会があればやってみたいと思います
 
こうやってライブを楽しみながらの料理にワインって、やっぱり美味いでしょうね
 
僕たちは演奏の後いただきました。ご馳走様でした
 
ほんとうは飲みながらできたらもっといいでしょうが、二人とも飲んだら叩けない体なので、それは残念かな‥‥。Nさん、ならびにラチェーナのシェフさま、お世話になりました。

3月13日(土)

 銀座の歌舞伎座や新橋演舞場からもほど近く、築地市場、朝日新聞東京本社のお隣という場所に、中学校がありまして、意外に校庭も体育館も広く、こんな場所に忽然と日常の平々凡々とした空間が保たれていることに驚きながら足を運んだのが、その名も銀座中学校(中央区立)と言います
 
ここで昨日、一陣風の『日本の太鼓・レクチャーコンサート』というのをやらせていただきました。この日は三年生を送る会のアトラクション、という位置付けか、ま普通の芸術音楽鑑賞会というよりも少し学ぶ場面もありという要望か・・・と思いながら
 
これまでの一陣風・学校公演との違いは、演奏部分がかなり少なく、レクチャー(太鼓の話と打ち方のスタイル・各地の代表的な太鼓のリズム紹介)が中心になる、もちろん生徒さんが参加する体験コーナーにもいつもより時間を取り、僕たちの演奏を聞いてもらう要素より、学習と体験の要素を増やした会、ということが言えます
 
時代によりいろいろなニーズにお答えしていくのも、大切な仕事ですから、いつもよりよけいに話させていただきました(実はけっこう好きかも)
 
「学ぶ」と言っても楽しくやらなければ意味がないと思っていますから、僕も笑顔ながら生徒さんの気持ちを掴みたいと真剣でした
 生徒の立場になると、話し手からの
一方通行の説明だけでは聞く気が薄れると思いますから、まず冒頭、僕はいきなり目が合った男子生徒に舞台に上がってもらい、前に並べた長胴太鼓(宮太鼓)、桶太鼓、締め太鼓を叩いてもらいました
 
僕としては音の違いを感じてもらえれば、という事と、叩いた感想を聞きたかっただけでしたが、このSくんは、いきなりガンガンリズムを叩き出した
 
後で聞くとドラムをやっているという。さすが銀座ヤマハか、山野楽器か、と推測してしまったけれど、冒頭にしてこれは僕も驚いた。これでもう完全に生徒さんに乗せられた富田ペースに入っていけました
 
その後の、ワークショップコーナーでも特産『銀座みかん』太鼓を叩きましたが、ここでも楽しい生徒さん続出。場慣れしているというか積極的。ここはテレビの「銀座ナウ」か?(古い!)
 
極めつけは、呼びもしないのに舞台に上がってきた生徒さんもいたこと。こういう人が大好きな僕は、もう嬉しくなってたまりませんでした
 
こうやってさんざん盛り上がった後、最後は熊谷の大太鼓で一本締めました
 
レクチャーになっていたかは判らないけれど、楽しむところでは大いに騒ぎ、聞くところでは真剣に見入ってくれていた。さすが銀座中学!と、立場が逆ですが、こちらが彼らに大向こうを張りたくなりました

 公演が終わって舞台袖にはけ、一息付いて控室に戻ろうかと、再び体育館の中を見ますと、在校生一、二年生が紅白の紙で作った花をアーチにして、そのたくさんのアーチの下を三年生がくぐりながら退場して行くところでした。暖かい拍手の音だけが体育館に響いていました。

3月8日(月)

 今日は、太鼓アイランドからのお知らせです
 
太鼓アイランドスペシャル『文化の森』3月27日(土)入門コースは、お申し込みを多数頂きまして誠にありがとうございます。受付を終了いたしました。
 
太鼓が初めての方で、まだお申し込みでない方は、次回4月17日(土)の方にお申し込みをお願いいたします(4月10日にも入門コースのみ追加しました。こちらもよろしく!)
 
また、太鼓アイランド目黒『伝統太鼓塾』第一回・小倉祇園太鼓コースが、全4回から全6回に変更させていただきました
 
コース参加、お申し込みの方が多数になりますと、1回のみの参加希望の方は、ご遠慮いただく場合がございます。コース参加の方が優先となりますので、ご了承お願いいたします
 
小倉祇園太鼓コースは、後、若干名の受付となりましたので、ご検討中の方は、お早めにお申し込み下さいよろしくお願いいたします。

3月5日(金)

 今日は0さんの話の続編です。
 前回の2月19日分を読まれていない方は、先に19日分を読んでからまた戻ってきて下さい。

 考えてみればOさんともほとんど私的には話をしたことがなかったので、この機会にメールでお話しました
 
太鼓を叩くようになったいきさつなど、何か、このページを読んで下さっている皆さんのお気持ちと共感するものがあるかもしれませんので、その一部をご本人の了解を得て、ここでご紹介させていただきます。

> Oさんは、僕の太鼓アイランド江東で初めてバチを握りましたか?
 はい。はじめてです。

> それ以前にどこかで太鼓は習ったことがありますか?
 ありません。 叩いたことも一度もないです。

> 太鼓アイランドに来るようになって、太鼓に対する興味が変わっていったのでしょうか? それとも前から、こういう世界に興味を持っていたのでしょうか?
 興味が変わったというか、深まりました。
 興味の種が水をもらって、芽を出した♪ という感じです。
  太鼓アイランドをHPで見つける半年〜1年くらい前から、「太鼓たたいてみたいなぁ」と思うようになりました。
 それはきっかけもなく、自然発生的なもののような気がしています。
 去年のお正月「太鼓やりたいんだよねぇ・・・」と友人にポロッと言ったのが最初で、春にまたその話になって、それで、どうしても太鼓がはじめたくて、仕事中にHPで検索して・・・富田さんに出会いました。
 去年の5月27日。緊張して参加しましたが、とっても楽しかったです。
 体に響く太鼓の音。それと一番心惹かれたのは、 演奏後、大太鼓の音がジリジリなくなっていって無音になるあの「・・・」です。
  富田さんのHPも読みました。
 「魂の表現をしたい」という私の気持ちにぴったりで、より「また行こう!」と思いました。
 実際にやってみると、何も知らないまま「太鼓やってみたいなぁ・・・」と思っていた気持ちが「もっとやりたい。もっと知りたい!もっと気持ちよくなりたい」と膨らんでいきました。
 月に数回なんてそんなんじゃダメだ〜もっとやりたい! という気持ちが佐渡行きのきっかけです。
 その上太鼓以外のことも学べて、より地に足のついた太鼓ができるんだ♪ と思い、応募していました。
 鼓童のことは、富田さんも所属しておられたところということは知っていますが、実際に見たことも聞いたこともありませんでした。
  (実地選考で佐渡へ行きましたが、鼓童をみたこともなくて、こんな安易で突拍子もない人は他にいなかったです。。。)

  0さんは、鼓童の公演を一度も見たことがなく、これまでに見た和太鼓のコンサートを聞くと、二つだけでした
 
そう、一つが『和太鼓トーク齊富』で、もう一つが『和太鼓★新紀撃02』
 
大丈夫か?(って僕が言うのも変だけど)かなり珍しいタイプであるかもしれません。そういう人物を鼓童もよく引き受けたと驚きました。面接で何か惹きつけるものがあったのでしょう・・・。
  僕との共通点もないことはない

 
それはある劇団の劇団員で実際に舞台での仕事もすでにしているということでしょうか。
  誤解のないように、念のために書いておくと、Oさんは僕の見るところまったくお笑い系ではありません。普通の方です。とても純粋な感じ

 きっかけは人それぞれ
 
太鼓に人生を賭けなくても、大いなる暇つぶしにでも、お仕事の気分転換、明日の糧に、ちょっと叩いてみましょう
 
きっと太鼓は、あなたに語りかけてくるはずですたくさん、お話して下さいね
 
日本全国太鼓ファンの皆さま&未来のファンの皆さまへ
 
実り多き時間をたくさん過ごさせますことを、祈っております。ヘ、ヘ、ヘックション!って、もう花粉症か? 今年の春は早いぞ。

2月19日(木)

 太鼓アイランドを始めて5月で七年となりますが、ほんとに早いものです、月日が過ぎてゆくのはこの間に会員登録された方の数は、700人を超えました
 
それだけの皆さまとお会いしているわけですが、数回或いは一度しかお会いしていない方も多く、特に最近はお顔とお名前が一致せずに、年齢を言い訳にしております。
 昨夜の太鼓アイランド江東でも、新しい方が3人いらっしゃいました。お二人は江東区の広報を見てお近くから、もう一人は、このHPを見て探して千葉から来られました

 
この頃驚くのは、僕の太鼓演奏は一度も聞いたことがなく、それよりも、生の太鼓の演奏さえ一度も聞いたこともない方がいらっしゃるのです。
 この3人の方もそうでした。
 この日、太鼓の音を生で聞くのが初めてというではありませんか!もちろんバチを握るのも初めて

 
こういう方を目の前にすると、これはワークショップと言えども、その前に私が叩く太鼓の音を聞いてもらいたくなりますよね、当然太鼓打ちとしては。
 ですので、叩きました。いきなり三尺三寸。木遣り唄付きで。
 どう感じたでしょうかね・・・。え〜もうじき七年経とうとしていますが、最初と同じような感じで毎回初心に戻ってやっています

 今日はそうやって、一年前の5月、インターネットで見つけたからと言って千葉からフラッと太鼓アイランド江東に現れた0さんの話をしたいと思います。

 この方も太鼓は初めてで、バチも初めてこの時持ったそうです。
 どちらかというと物静かなOさんは、他の賑やかな皆さんの中に隠れるように、それでも気が付けばしっかりと練習日に現れて叩いている、といった方でした。太鼓アイランド目黒の横打ちにも時々来ていました。
 2004年の年が明けて『弾!打から団
の話をすると、「こういうのやりたかったんです。私やります!」とすぐ言ってくれた数少ないメンバーの一人でした
 
そんな彼女から2月に入って「すみません4月から来られなくなってしまいました」と告げられました。「4月から佐渡に行くことにしました」と言います
 
鼓童の研修生に受かったのだそうです
 
僕が佐渡に渡った頃は、入座希望者なんてほとんど来ませんから、来れば随時受け入れられていました。研修制度なんかありません。即入座ですが、僕が入座した後、ほぼ三年間一人も居着きませんでしたから、入ってきたなと思っていても、しばらくすると消えている。ですから僕は三年間ずっと一番の新人でした
 
でも今の鼓童は、毎年かなりの数の希望者があり、研修生になるのだって大変だと聞いています。26年の時が鼓童を含めた太鼓社会を変えてしまったのでしょう
 
鼓童は離れましたが、佐渡島は今でも好きです
 
あの島で、過ごした特に最初の一年間の感動は、僕の体をいまもって包んでいます
 
月だ星だ風だ海の匂いだ太陽の輝きだとか、あげればきりがない自然の恵みと厳しさは、できることなら一生に一度は体験できるならそういう時間を過ごすことに、なんの異存もない
 
この年になっても「月を眺めるが本当に好き」と恥ずかしげもなく言ってしまう僕です(ちょっと、反れたか‥‥)
 
ま、ですからすべての人にそういう生活が合っているかと言えば、そうとは言えない
 
集団で生活していつも一緒に同じ稽古をする事など、人それぞれだから、皆に勧めようとも思わないが、20歳の僕はそれを選んで佐渡へ渡った。 それは当時・鬼太鼓座の太鼓の音に痺れていたからだ。
 
時は流れ、いつのまにか僕は東京を生活圏としてここにいる
 
たくさんの人と出会い、また目の前から消えていく。人の流れの中で漂っている感さえある
 
そこに一年前、僕の太鼓アイランドの門を叩いてバチを握った人がここにも一人
 
ただ思いも寄らなかったのは、その人が自分の意志で佐渡に行くことを選び、鼓童もその人を受け入れたことにだった
 
この小さな縁に僕は感慨は隠せない
 
今日はもう眠くなってきました。このお話しの続きは、また後日。

2月17日(火)

 群馬県は藤岡市という町を御存知ですか?こちらは今年市政50周年を秋に迎えられるということで、実はその記念になる太鼓の曲を依頼されておりまして、昨年から指導・作曲で通っております
 
藤岡市には大きく分けて太鼓の団体が四つありまして、総勢は200人?にもなるようなのですが、そんなに一度に舞台に立てないので、まず100人程度で叩く予定です。ってもすごい人数ですよ。
 
普通こういうお仕事の場合、作曲家の方に依頼すると、その方が全部楽譜に書いて、それを渡され、皆が必死にそれを叩けるように練習するという形が多いかと思います。が、僕の場合はそうはなりません。
 まず曲を作る上でも、誰がどういう風に叩いているのか、もっとシンプルに言えば、誰が叩くのか顔が見えないと、僕は曲は作れないのです。
 特に今回は50周年記念ということでもありますから、僕が一方的に作るのではなく、藤岡の太鼓打ちの皆さんの声をお聞きした後、皆さんの想いとか願いとかグループの紹介とかの作文をしていただきました。
 そうするとやはり出てくるんですね、面白いというかこちらの胸を打つ言葉や文章が。そんな言葉を膨らませたりもっと想像したりでリズムを組み合わせ、一つづつの団体の曲も作っていって、最後に合同演奏の曲も作るというような事をやっていると、これはいよいよ大変な事になってきておりまして、もう必死勝負です。僕も藤岡の皆さんも。
 先週の土日はまだ二回目の指導ではありましたが、次回の四月稽古日が天王山。藤岡の太鼓打ちの皆さん、よろしくお付き合いお願いいたします。秋はすぐそこだ!? 写真はこちら

2月9日(月)

 週末、大阪、淡路に行って来ました
 
大阪は、なんば千日前トリイホールの下見です。多少小粒(キャパ100と少し)ではありますが、なかなかに素晴らしい設備の整ったホールですよ
 とにかく場所が道頓堀、千日前、法善寺横丁、といかにもここが大阪という場所。あの笑いの殿堂「なんばグランド花月」も千日前通りを挟んですぐ近く。
 新紀撃公演でこれだけぴったりの場所は、他にないでしょう。
 和太鼓★新紀撃02約束公演が、大阪の皆さまにどう受け入れられるのかが、今から期待と不安と楽しみと恐怖と快楽気分で一杯です。
 これを読んでおられる関西の皆さま、この機会をぜひお見逃しなく! 日時をチェックして下さい。
 日程は6月12日(土)夜7時開演、13日(日)昼2時開演の2回公演、詳細はまもなくです。

 ホール下見の後は、なんばから淡路島へ。
 平成の大合併の波に乗って、我が故郷・津名町も来年3月に合併して「淡路市」になりますが、その調印式が土曜日の午前、しづかホールでありました。
 調印式の後に太鼓を叩かせていただきましたが、こうして呼んで頂けるのは嬉しいですね。ありがとうございました。

 土曜夜、同じホールでロビーコンサートがあり、二胡のえまさんが出演されるので観てきました。
 二胡のえまさんは、他の多くの中国人二胡奏者とはまったく違うキャラクターで、揺るぎのない何かをお持ちです。
 二胡は中国の楽器ではありますが、えまさんはまったく中国風ではありません。どこの誰でもない地球風というか、えま風というか、そんなところが僕はもうすごく好きです。
 ここだけの話、実は去年の暮れから二胡の練習を始めました。
 まだ弓を右へ左へギコギコ移動させているだけなので、他の人がこの音を聞くと体を右へ左へゴロゴロ移動させてのたうち回る事になると思いますが、弾いている本人だけは嬉しい気分になります。
 中国に4年近くも住んでおりましたが、その時はまったくやる気にならず、えまさんと出会ってから突如、触ってみたくなりました。
 こんな僕まで手に取る始末、世は正に二胡ブームの到来といってもいいでしょうね。
 翌日、新幹線で帰りました。
 いつもは自分で車移動しているので、久しぶりに乗るとこの速さに驚きます。シートに腰掛けて一度もお手洗いに立つ間もなく、流れる風景を眺め、空を眺め、まん丸のお月様が見えて、気が付いたら新横浜のホームに滑り込んでいました。もう少し乗っていたかった‥‥。

2月1日(日)

 早、二月ですね。昨夜は熊谷修宏と初めてのトークだけの一夜を持ちました。しゃべり出すといくらでも話しますからね、内容はともかく。しかし、無謀にも第二弾も決めてしまいました。昨夜のお客様も、さぞびっくりされたことでしょう。太鼓を叩かなければ搬入搬出がなく、車もいらないので、電車で往復しました。太鼓打ちが妙な事をしています。一回見てやろうという方、三月六日土曜日、お馴染みの門仲天井ホールです。お越し下さい。

 ずいぶんと長い間、お世話になったこの築地・兎小舎。昨日で幕を降ろしました。建物の買い手次第で、万に一つは復活の可能性もあるそうですが、ひとまず、お疲れさまでした。そしてありがとうございました。熊谷との初舞台もここでした。

1月26日(月)

 昨日は新紀撃02の、横浜・泉テアトルフォンテ公演でした。
 
関係者の皆さま、お疲れさまでした。お越しいただきました皆さま、ありがとうございました。

  この劇場はバルコニーもおしゃれな、席数が400弱の、設備の整ったとても広〜い舞台がある、素敵な劇場です。
 なのに、なのに、あらどうして・・・? 開館以来この10年間、まだこれまでどこの団体劇団音楽グループ公演でも客席が満席になったことがないと、打ち合わせで訪れた時に、事務所の方に言われました。たぶん交通の便の影響でしょうが(そういうイメージを持つだけでそんなに不便な所じゃないんですけど、何しろ駅の上にあるし)。
 その事を今回の主催者であります、鳩の森愛の詩あすなろ保育園・和太鼓なかま『結(ゆい)』の方に告げたところ、「よし、それならば私たちがここを初めて満杯にしてみせるわ!」と発憤されたようで、しかも、その通りになりました。
 すごいことです。
 一重にお母さま方お父さま方、園の皆さまのお力であります。そして当日の舞台の用意でもたくさんのボランティアスタッフの方が、かなりツボを抑えたお手伝いで(いつもやっておられるのでしょう)、非常に心強く思いました。
 僕と熊谷も当然の事ながら、開演前から気合いを静かに燃やしておりました。本番では最初から炎上しすぎて色々ミスもありましたが・・またしても燃え尽きました。もう本当にこんな事をいつもやっていたら体が持ちません。身を削ってます(体は肥ってますが)。が、もっとやらせて下さい! 行きます、何処にでも。
 
まだ公演していない、あなたの町にもぜひ新紀撃を呼んで下さい。

 今度の土曜日は、築地・兎小舎でお会いいたしましょう。太鼓を叩かなくて何をするんだ?と聞かれますが、そんな二人が何をするのかお立ち会い。僕も熊谷にも、いったいどうなるのかは未知数の会です。楽しみです。

1月23日(金)

 太平洋側は、晴天につぐ晴天。抜けるような青空と冷たい空気。ですが、日本海側はというと、雪、そして吹雪なんですね。ここ横浜にいるとすっかりそんなことは忘れてしまっていました
 
いつも新紀撃公演など毎回公演の度に、お世話になっている浅野太鼓楽器店様から「吹雪で太鼓を載せた車が発車できません」と連絡がありました
 
雪がひどいので、昨日の朝から出発用意をして下さったにもかかわらず、本日もダメで、急遽関東に管理してあった特別大太鼓をお借りする事になりました。いやいや、本当にありがとうございます!
 これで日曜日の公演でも二台並べて叩けます。いつもより豪華になりそうです。僕が全部、持っていたらこんな事にもならないのですが‥‥。 いつか大山当てたら(どんな大山だ?)、必ず買いますので(いつになるか、まったく見通しありませんが、頑張ります)、まずは感謝感謝。
 日曜日の公演があるテアトルフォンテは、素敵な劇場と広い舞台なんです。寒さを吹き飛ばす元気と気合いで叩きます。
 ここだけの話し、チケットが後残りわずかだそうです。当日でいいと思っていた方、ぜひ今のうちにご予約のメールをお入れ下さい。
 
 四月からの太鼓アイランド、リニューアル情報を入れました。まだ詳細は出ていませんが、予告です。

1月21日(水)

 気が付けば、とうに一月も過ぎております
 
年明けはボーゼンとしていましたが、今は色々な企画とコンサート準備に追われています
 
淡路島での和太鼓★新紀撃02公演は、チケット完売満員御礼御好評の内に終わり、嬉しく思っています(終演後関係者集合写真)。ぜひ今度の日曜、横浜テアトルフォンテ公演も大勢のお越しをお待ちしております。まだまだ間に合います。もちろん、31日の熊谷とのフリートークライブも受付中です。遠方の皆さま、質問だけでもかまいませんよ! お寄せ下さいね。
 
そしていよいよ、新紀撃の大阪公演も準備中!!だし、
 
4月から始まる新生・太鼓アイランド江東、『打から』のメンバー募集お知らせも、まもなく発表いたします。いま打から、このとき打から、叩きたい太鼓を、あなたと打から。お楽しみに

1 月2日(金)

 新年あけまして おめでとう ございます。

 淡路でのクリスマスプレゼント・ワークショップの後、大阪なんばグランド花月でこてこての吉本を堪能し(同じ吉本でも東京の新宿ルミネとは質が違います。やっぱり、なんばグランドが本山ですわ)、そして横浜に戻り、年末は茫然とする間もなく、大晦日には大掃除をやり(この事務所は去年のままですが)、新年を迎えました。
 仕事納めをしてから飲み続けていますと、アッという間に水タンク型体型になってしまう私です。気を付けなくては・・・。
 また、一年よろしくお付き合いのほどを。

 よいお正月をお過ごし下さい。

 

 


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